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【長編小説】 抑留者

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海辺の漁師町に暮らす家族。その家のじいちゃんはある日突然母屋の裏の掘っ立て小屋で暮らし始めた。シベリア抑留の経験を持つじいちゃんに、ある日一枚の葉書が届く。東京でつまづいて実家に… もっと読む
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記事一覧

【長編小説】 抑留者 1

 薄暗い土間に入っていくと、上がり框のところに決まってじいちゃんは座っていた。入り口と…

【長編小説】 抑留者 2

 朝七時。尚文は自分の居室を出て、母屋の分棟と本棟をつなぐ内廊下をのそのそと歩く。洗面所…

【長編小説】 抑留者 3

 事が起こったのは、その年の夏だった。  毎日午前十一時きっかりに届く郵便を受け取った時…

【長編小説】 抑留者 4

 その日の夕食を運んでいったとき、祖父はもう平常心を取り戻していた。昼間に見せた姿をとん…

【長編小説】 抑留者 5

 尚文は、祖父のシベリア時代の話を熱心に聞いた。聞くうちに、祖父の過去にこびりついている…

【長編小説】 抑留者 6

 おいちゃん、と涼太に呼ばれる。  ぺたっと貼りつくような甘い幼児の声で呼ばれるとき、尚…

【長編小説】 抑留者 7

 九月に入ったある日の午後、予期せぬ来客があった。  尚文は部屋に篭り、相変わらずインターネットでシベリア抑留者たちの情報を集めたりブログの更新をしたりしていたが、玄関の引き戸が開いて「ごめんください」という声がし、次いで居間から時絵が出ていって応対している声に、ふと集中力をそらされた。  と、いうのも、玄関で時絵にものを言っている声が、聞き覚えのあるものだったからだった。どうも俺が知っている人らしいな、と、知り合いの顔を記憶に巡らしていると、 「尚文くん」  母屋と離れを繋

【長編小説】 抑留者 8

 朝食を終え、台所に食器を下げてから、三ツ谷と連れ立って表に出た。やはりタクシーで送り出…

【長編小説】 抑留者 9

 ――それから一週間ほど経った朝、尚文は隣の家を訪れた。弔問を兼ねて、独りぼっちになって…

【長編小説】 抑留者 10

 その四畳半のせんべい布団の上で、尚文は磨利を抱いた。これまでの人生のなかで、これほど奇…

【長編小説】 抑留者 11 

 磨利の家をあとにした尚文は、沈鬱な気持ちで浜に面した県道を歩いた。  あの悪魔の住む家…

【長編小説】 抑留者 12 最終回

 ――よく晴れた午後、黒々とした掘っ立て小屋のような家で、涼太はじいちゃんと一緒にいた。…