縣青那 (あがた せいな)

長編小説、短編小説、エッセイ、ホラー短編小説などを書いています。 ホラー短編については…

縣青那 (あがた せいな)

長編小説、短編小説、エッセイ、ホラー短編小説などを書いています。 ホラー短編についてはただ今Youtubeにて動画付きで配信しております。怖い話が好きな方、よろしければご覧になってみて下さい。 https://www.youtube.com/@user-gl6rx8vm6f

マガジン

  • 【長編小説】 初夏の追想

    30年の時を経てその〝別荘地〟に戻ってきた〝私〟は、その地でともに過ごした美しい少年との思い出を、ほろ苦い改悛にも似た思いで追想する。 少年の滞在する別荘で出会った人々との思いがけない邂逅により、〝私〟は人生の転換を遂げた。 高名な画家である祖父は、少年と少年に瓜二つの母親の肖像画を描こうとし、絵画芸術に強く惹かれる〝私〟は心に病を持つ少年の為に、ある策を立てるが――。 芸術に対する愛と求め続けて報われぬ愛が交錯する、長く封じられてきた秘密が明らかになるとき、少年と〝私〟は驚くべき真実を知ることになる。

  • 【長編小説】 異端児ヴィンス

    北米のパリ、モントリオールで〝私〟が出会った〝偉大なる酔っぱらい〟。故郷と異国の都会の狭間で鬱屈した想いをもてあます〝私〟に最も影響を与えたのは、毎夜バーで大演説を繰り広げる謎のアル中男だった。

  • 【ホラー短編小説】 淵

    幼くして母親を亡くした少年一(はじめ)は、ある夏、涼を求めて山に入った。不思議な動きをする揚羽蝶を追っていくうち、突然開けた場所に出ると、そこには湖のような広い水場があった。……そこで見たものをきっかけに、一は恐ろしい呪いに引きずり込まれていく……。

  • 【短編小説】 シャルトリューズからの手紙

    ある日突然、〝弟〟から〝私〟に手紙が届いた。30年以上音信不通だった〝弟〟はカトリックに改宗し、山中の無言の行を行う修道院にいると言う。 弟はなぜ、修道士の道を選んだのだろうか? 修道院の生活、祈りを通して深い瞑想に落ちていくとき、弟の中で、何かが静かに変わっていく――

  • 【長編小説】 抑留者

    海辺の漁師町に暮らす家族。その家のじいちゃんはある日突然母屋の裏の掘っ立て小屋で暮らし始めた。シベリア抑留の経験を持つじいちゃんに、ある日一枚の葉書が届く。東京でつまづいて実家に戻り、引きこもり同然の生活をしている孫の尚文は、そのことをきっかけにじいちゃんの過去の経験と向き合っていくが……

最近の記事

【長編小説】 初夏の追想 16

 ――やがて、季節は本格的な夏の到来を迎えた。  毎日蒸せ返るような暑さが続いた。平地と違って、自動車の排気ガスやエアコンの室外機による弊害としか思えないあの気違いじみた暑さに比べれば遙かにましだったが、やはりこの山中の森にも、それなりの暑気というものはあった。木陰にいれば涼しかったが、それ以外の場所では草いきれによって濃縮された空気が匂い立ち、標高の高い土地に特有の射るような強い陽射しが照りつけた。そのため、ちょっと戸外に出ているだけでも汗が噴き出し、肌がジリジリと焼かれる

    • 【長編小説】 初夏の追想 15

       ……そのときふと、私たちのあいだに、緩やかな沈黙が訪れた。それは、私のような男でもこれまでに幾度か経験したことのないわけではない種類の、あの甘美な予感を秘めた瞬間だった。  彼女の視線が私に注がれていた。私も彼女の目を見つめた。彼女の手がゆっくりとこちらに伸びてきて、そして暖かな掌が私の手の甲を包んだ。  彼女は私の目を見つめたまま、その手を辿って、ゆっくりとこちらに近づいてきた。彼女の顔が、いまではすぐ目の前にあった。私は彼女の化粧と軽い香水の混じった匂いを嗅ぎ、頬のぬく

      • 風邪っぴきブルース

        風邪ひいてるときは、なにもかもが辛い。 実は、先週くらいから悪い風邪を引き込んでしまってどうも体調が戻らない。 最初は喉のチクッという痛みに過ぎなかったが、段々悪化してきて1日に100ぺんほどのクシャミ、悪寒、鼻水の襲来、etc… なぜか熱は出なかった。1回だけ37.3℃が出たが、その後は何度測っても36℃台。これだけ他の症状が出て、熱だけ出ないというのは不思議だった。 少し持ち直してきたかと思えば今度はこれまでの人生で経験したことのないような咳に襲われた。これがまた、

        • 【長編小説】 初夏の追想 14 

           ――彼らとの交流が始まって、数週間が過ぎていた。そして、六月の声を聞くとすぐに梅雨が訪れ、連日さあさあと小さな音をたてて雨が降り続いた。  山中の別荘ではこの時期、一日のほとんどを霧に包まれた中で過ごさなければならなかった。夜明けとともに発生した霧は、日中になっても山の木々のあいだに滞り、無音のうちにしっとりと枝葉を濡らしていた。そして、細かい雨が、いつ止むともなく、一日じゅう静かな音を立てて降り続くのだった。遠方の山々は、雨のカーテンの向こうに白く煙り、麓の街は、まるで海

        【長編小説】 初夏の追想 16

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        • 【長編小説】 初夏の追想
          16本
        • 【長編小説】 異端児ヴィンス
          13本
        • 【ホラー短編小説】 淵
          5本
        • 【短編小説】 シャルトリューズからの手紙
          9本
        • 【長編小説】 抑留者
          12本
        • 【長編小説】 ヒジュラ -邂逅の街-
          12本

        記事

          【長編小説】 初夏の追想 13

           ……心から気の合う仲間を見つけるということは、意外にも難しくて、その歳になるまで私はそんな人間に巡り合ったことがなかった。そして、そんな相手は生きている限り、きっと現れないのだろうと思っていた。というのも、私自身が、非常に特異で偏った性向を有しているからであり、しかも(それゆえ、と言った方が適切だろうか)実際に他人に心を開いて自分の懐の中を見せるということに、これはもう病的と言えるほどの強いためらいを覚えるからだった。  でもなぜか、その母子には、私は最初から親しみを感じて

          【長編小説】 初夏の追想 13

          【長編小説】 初夏の追想 12

           ……ここにこうしていると、私は大切な記憶や思い出が、どんどん薄れていくのを感じる。以前は確固としてそこに有り、過ぎ去ってしまったあとも頭のなかにこびりついたようにしっかりと根を張っていたはずの数々の印象や場面が、いざ筆に乗せようとすると、細かなところから、やけに呆気なく、それもものすごいスピードで消えてゆくような気がする。それはまるで、両手にすくった海岸の砂が、しっかり握ろうとすればするほど、さらさらと指のあいだからこぼれ落ちてしまうときのような心もとない感覚だ。  だから

          【長編小説】 初夏の追想 12

          大観峰で車中泊した話。

          2023年。去年のことになるのですが、急に思い立って旅の記録を書くことにしました。(今ごろ…… (^_^;)) 大観峰で車中泊。私にとっては初めての冒険! アルバム代わりに記録に残そうと思っての投稿ですので、 主に写真の掲載になりますが、もしよろしければ見ていって下さいませ。 (写真めっちゃ多いです!) 2023年5月。かねてから夢を膨らませてきた大観峰車中泊の旅が、ついに実現した。 大観峰から見下ろす阿蘇市一帯を覆う雲海を狙って、いざ出発だ。 旅の友は小さい奴ら。

          大観峰で車中泊した話。

          【長編小説】 初夏の追想 11

           「お母さん、楠さんは、美術史にすごく詳しいんだよ」  そのとき守弥が言った。そして、数日前に私と彼が語り合ったことについて、母親に話して聞かせた。  彼女は喜んだ。そして、早口で弾むように話し始めた。 「嬉しいわ。実は私、大学時代、美術史を専攻していたんです。時代ごとに花開いた様式や芸術運動にはさまざまなものがあって、学んでいてとても楽しかったわ」  私はそれに答えて言った。 「そうですね。僕は特に十九世紀から二十世紀初頭のフランス絵画が好きです。印象派からエコール・ド・パ

          【長編小説】 初夏の追想 11

          【長編小説】 初夏の追想 10

           犬塚家の別荘に招かれたのは、五月の中旬のことだった。  玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに犬塚夫人が出て来た。彼女はまるで家族を迎えるかのように、とても親しげに、大きく両手を広げて私を歓迎してくれた。 「いらっしゃい。よく来て下さいました」  彼女は明るい笑顔を振り撒きながら言うと、私を奥の客間に案内した。  ――文化的な生活をしている人の家には、その建物の中に共通する匂いがある。それは多くの蔵書や大切に使われてきた歴史ある家具などの匂いが、そこに暮らす人間の匂いと入り

          【長編小説】 初夏の追想 10

          【長編小説】 初夏の追想 9

           ――裕人、という名前は……ゆたかで、満ち足りている。ゆるやか、のびやか、寛大で、広い心の持ち主になるように……そんな人になるように願ってつけたものなの。  犬塚夫人の柔らかな声が、リビングに優しく響いていた。彼女は自分の息子たちの命名について語っているところだった。三人の息子の名前は全部自分がつけたものだとうそぶき、フレアースカートを履いたすんなりとした脚を、優雅な身振りで組み替えた。  彼女はある朝突然この離れの扉を叩き、ご挨拶にと言って上がり込んできた。家主の気安さ

          【長編小説】 初夏の追想 9

          【長編小説】 初夏の追想 8

           それから一週間ほどあとのことだった。私は午前中、居間で読書をして過ごしていた。祖父は、食料品や画材の買い出しに街まで出かけていて留守だった。  不意に、玄関のチャイムが鳴った。  私は、ある期待のような感情を胸に、ドアを開けた。すると、やはり予想通りの人物がそこには立っていた。  それは、先週の朝の、あの少年だった。  彼は、今朝は最初からまっすぐ私を見つめていた。彼の瞳の中に、自分を認識している人間の証拠とも言える強い光を確認して、私はほっとした。 「おはようございます」

          【長編小説】 初夏の追想 8

          【長編小説】 初夏の追想 7

           ――どのくらいそうしていただろうか。多分、一分間ぐらい、いや、わからない――なぜなら、その時間は私には永遠にも感じられたから――。  ある瞬間、ふと突然、彼の目に、わずかな動きが起こった。それは動きと言っていいのかどうかわからないほどの微妙な変化であったが、まるでカメラのレンズの焦点が合ったときのような、くっきりとした変化であった。  彼の目の中に、ようやく、人間として私にも通ずるようなものを見出すことができたのである。  それは、まったく不思議な出来事であった。  そして

          【長編小説】 初夏の追想 7

          【長編小説】 初夏の追想 6

           ――恍惚とした感動に浸っていた私の耳に、突然、砂利道を走る車の音が聞こえてきた。 「何だ……?」  私は訝しんだ。こんな朝早く、いったい何ごとだろう? ここにやって来てから自動車の音を聞くことなど初めてだったし、それにこの時間である。  その車は速度を落とすと、はす向かいの別荘の前に停まった。汚れや傷ひとつない、黒光りしたセダンの高級車だった。  私はバルコニーの手摺りから少し身を乗り出して、誰かが車から降りてくるのを待った。  バルコニーからは、ほんの少し身を乗り出せば、

          【長編小説】 初夏の追想 6

          【長編小説】 初夏の追想 5

           私は無為に時間を潰しながら、日々を送った。一日のほとんどの時間を、二階のバルコニーで過ごした。携えて来た文庫本の小説や、趣味で集めている西洋絵画の解説本などを、座り心地のいいデッキ・チェアの上で読んだ。私は絵を描かないが、昔から美しい絵を見るのが好きだった。周りの家族には誰もそういう人はいなかったので、自分にそういう嗜好があるのは、もしかして祖父との血の繋がりによるものだったのだろうかと私は改めて思った。  そこからは、眼下に広がる森や、遥か彼方の素晴らしい山並みを見渡すこ

          【長編小説】 初夏の追想 5

          【長編小説】 初夏の追想 4

           ――私がその土地を初めて訪れたのは、三十五歳を迎える年のことだった。当時ひどい胃潰瘍を患っていた私は、入退院を繰り返しながら何とか会社勤めを続けていたが、あるときとうとう職場復帰を諦めざるを得ない状況になって、退職届を出したばかりだった。  失業保険の手続きを終えたあとで、私は、以前に人から勧められていた転地療法のことについて考え始めた。実家に戻ったときにその話を母親にすると、母は何かに思い当たったような顔をして、こう言った。 「それだったら、お祖父さんのところを訪ねてみな

          【長編小説】 初夏の追想 4

          【長編小説】 初夏の追想 3

           ――ここに戻って来た時点から、どうも私には何かが取り憑いたようである。なぜなら、あれほど現実にその場所に立ち戻ることを躊躇していたというのに、いまでは私の指はしっかりと万年筆を握り、紙の上をさらさらと滑らかに滑らせ、早くこの物語を本式に始められるよう、せっかちなほど忙しく動き回っているからだ。  どうやら私はこの家で、彼らの亡霊に囚われてしまったらしい。  夜中にベッドの中で目を覚ますとき、彼らが手に手に幾多の古い思い出を掲げて、表の砂利道の上を行進して来るのが聞こえる。彼

          【長編小説】 初夏の追想 3