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【長編小説】 初夏の追想

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30年の時を経てその〝別荘地〟に戻ってきた〝私〟は、その地でともに過ごした美しい少年との思い出を、ほろ苦い改悛にも似た思いで追想する。 少年の滞在する別荘で出会った人々との思い… もっと読む
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記事一覧

【長編小説】 初夏の追想 27

 守弥がパリへ渡った翌年の、五月の初旬のことだった。犬塚夫人はいつものように休暇を開始す…

【長編小説】 初夏の追想 26

 月が変わり、東京の美術館で守弥の個展が始まった。  パリを拠点に活躍する新進気鋭の画家…

【長編小説】 初夏の追想 25

 ――今朝のことである。私はこの屋敷に到着してから初めての来客を迎えた。  昨夜その人の…

【長編小説】 初夏の追想 24

 その後、私は山を降りた。犬塚家の人々がそれからどうなったのかは知らない。  胃潰瘍の症…

【長編小説】 初夏の追想 23

 ――祖父の離れに戻った私を犬塚夫人が訪ねて来たのは、その一週間後のことだった。祖父は篠…

【長編小説】 初夏の追想 22

 ――目が醒めたとき、私は床の上に横になっていた。部屋の中に守弥の姿はなく、私の絵画たち…

【長編小説】 初夏の追想 21

 パタン、と、扉が閉まった瞬間から、その部屋には私と守弥の二人きりになった。部屋の中は閉め切られている上、照明の熱によって暑苦しく、この盛夏の時期にはじっとしているだけでも汗がにじみ出てくるようだった。  私は背中に汗が伝い落ちるのを感じながら、部屋の中央に守弥を歩み出させた。  私が手を放すと同時に、彼はへなへなとその場に崩れ落ちた。彼の体は嘘のように軽く、抵抗といったものがまったくなくて、まるでゴム人形のようだった。私は彼の隣に座り、彼の体を抱きかかえるようにして座らせた

【長編小説】 初夏の追想 20

 私は再び犬塚家の別荘に戻った。平生通り、祖父は一切のことに無関心だった。あちらに行くと…

【長編小説】 初夏の追想 19

 ――あまりにも突然の、あの心地良い共同生活の破綻から、しばらく私は立ち直れないでいた。…

【長編小説】 初夏の追想 18

 ……古い昔の記憶の断片を掘り起こし、繋ぎ合わせてひとつの物語にするという行為は、実に頼…

【長編小説】 初夏の追想 17

 ――蝉の幼虫が、地中における七年間の精進の末ついに地上に出ることを許され、成虫となって…

【長編小説】 初夏の追想 16

 ――やがて、季節は本格的な夏の到来を迎えた。  毎日蒸せ返るような暑さが続いた。平地と…

【長編小説】 初夏の追想 15

 ……そのときふと、私たちのあいだに、緩やかな沈黙が訪れた。それは、私のような男でもこれ…

【長編小説】 初夏の追想 14 

 ――彼らとの交流が始まって、数週間が過ぎていた。そして、六月の声を聞くとすぐに梅雨が訪れ、連日さあさあと小さな音をたてて雨が降り続いた。  山中の別荘ではこの時期、一日のほとんどを霧に包まれた中で過ごさなければならなかった。夜明けとともに発生した霧は、日中になっても山の木々のあいだに滞り、無音のうちにしっとりと枝葉を濡らしていた。そして、細かい雨が、いつ止むともなく、一日じゅう静かな音を立てて降り続くのだった。遠方の山々は、雨のカーテンの向こうに白く煙り、麓の街は、まるで海