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友達との絆

自分のことを知るために年表を書くことにして7日目。

5歳の時、父母が自分たちの家を買ったことで九度山町から高野口町へ引っ越しすることになりました。

高野口町はその名の通り、『高野山の入り口』の街。昔は電車がなかったので、高野口町で一泊して、次に日の高野山に登るというスケジュールだったらしいです。

ただ電車が開通してからは、その役割を終え、私の子供の頃は『パイル織物の街』になっていました。幼稚園や小学校の帰り、町中からガシャンガシャンと織物を織る音が響いていました。その音が私の子供の頃の思い出の音になっています。今はその音もなくなり、さみしいですが。

5歳から19歳まで高野口町で過ごしました。

今橋本市は平均年齢が52.9歳となっており、橋本市ではまだまだ若手のわたしです。

先日、小学校からの剣道仲間と会いました。私の青春時代をほぼ一緒にすごした友達と3人でご飯を食べに行ったのですが、その中で、もうそろそろ故郷に恩返しできるような年齢になってきたし、恩返ししたいなという話になりました。

今はまだ何ができるかわかりませんが、3人の知恵をあわせて、何かできればと思っています。

25年ほど音信がなかった友達ですが、久々に会っても、昨日まで一緒に学校に行っていたような感覚になり、子供の頃の友達は何物にも代えがたいものだと実感しています。とはいえ、一緒に苦楽を共にした人とは、何歳になっても同じかもしれません。同じ目標に向かって努力できる仲間は遊ぶだけの友達とは違う絆が出来上がるのだと思います。

51歳になりましたが、これからも同じ目標に向かって努力できる仲間がいることに今とても感謝しています。

『AGGの皆さん、ありがとうございます!』

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