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淡いピンク色のコートを嬉々として羽織るわたし。

ずっと
ずっとずっと
ピンク色が嫌いだった
特に白の多い、淡いピンク色は大の苦手
それは、"女の子" の色だから。

私は ”女の子” が嫌いで
自分が "女の子" の色を纏うなんて、まっぴらごめんだったのだ

小学生の頃から好きな色は水色
途中一時だけ好きになったのは紫色

自分で洋服を選べるようになってからも
ピンクの服は、一度も買ったことがない

Liz Lisaなんてもってのほかで、(特定の名前出してごめんなさい…)おえーと言いながら109の店の前を通り過ぎていたのを思い出す


だって、すごく、すごく、"女の子" のための服だったから

物心ついたころからわたしは ”女の子” らしいものが嫌いだった

そして、"女の子" は弱々しく、男性に守られるべき、か弱い存在といったイメージは、もっと嫌いだった

だからそれに抗うように小学生の頃、男子が度胸試しで階段から飛び降りれば、負けじとより高い段から飛び降りた(すっごく痛かった。決して真似しないでください・・)重い荷物も率先して持った
高校生の頃は、女子ダンス部と男子ダンス部があるなかで、女子で1人、男子ダンス部を選び入部した。理由はよくわからない。男子ダンス部の踊るブレイクダンスが踊りたかったのか、女子ダンス部が嫌だったのか
大学の入学式にはパンツスーツを履き
新卒で入社した会社では、男ばかりの営業部で朝から晩まで働いた

"女の子"にならないように、必死だったのだ

でもいま
わたしは、桜色のコートを嬉々として羽織っている
あんなに嫌いだった淡いピンク色のコートを、喜んで羽織っている

もうすぐ春
桜の花びら、桜もち、三色団子、花筏
暖かくなり、ぎゅっと閉じこもっていた植物がいっきに芽吹き始める美しい季節の幸せな色を、一足先取りして身に纏い、散歩に出かけている

相変わらず髪の毛は一つ結びの引っ詰めで
化粧もろくすっぽしないし
(どちらもただ怠惰なだけともいえる)
基本、黒・紺・グレーの服ばかり着ているけれど

すっと出かける前にクローゼットにむかうと
お母さんから譲り受けた、桜色のコートに手が伸びる

『ピンクを纏うことは、私のなりたくない ”女の子” になることと同義ではないと気付いたから』

そもそも 「"女の子" になりたくない」って、社会に思わされていただけだと気付いたから。
フェミニズムを学んで

怠惰でめんどくさがりだから、気付いたこれからもどう変わるかは分からないけれど
「”女の子” らしいから」という理由で選択肢から外れていたものが、きっとこれから私の選択肢の候補に入ってくる

自分が、可愛い、心地いい、いい、好き、纏いたいと思えば、わたしはそれを纏う
それはすべて、私の選択肢になる

淡いピンクのコートと共に春色な自由な幸せな気持ち

こんにちわ、ちょっとあたらしくて自由なわたし。これからも、よろしくね


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