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浮き草

「よお、にいちゃん。ぶらぶら歩いてご機嫌だな」
「そっちも午間っから赤い顔して、ご機嫌じゃねえか」
「特製カクテルだよ。にいちゃんもいくか、お?」
「そんなもん呑んだら死んじまうよ」
「だーいじょーぶ、大丈夫。おれたちはいっつもこれよ」
「つまみが菓子パンって、ねえだろ」
「棄ててあんの拾ってくんだよ。贅沢は云えねえ」
「そらしょーがねえな」
「痛んじゃいねえよ。漬けもんもあるぜ、ほら」
「それなら腐らねえか」
「腐るし黴びるよ」
「まじかよ」
「喰いもん甘く見るなよ」
「あんま喰わねえからな」
「だろうな。おれらより痩せてっから」
「あんたらよりゃ肥えてるよ」
「何処がだよ、生っ白い肌して。外、出ねえのか」
「いま出てるだろ」
「あれだ、いま流行りのひしもこり」
「ちげーよ」
「まあまあ、呑んできな」
「メチルじゃねえだろうな」
「んなもん、今じゃ手に入らねえよ」
「そらそうだよな。この小便みてえなのはなんだ」
「ベースはビールだな」
「偉そうにベースとか吐かしやがって。瓶の底に残った酒、集めてんだろ」
「あったりめーだ。半分残ってることだってあるぜ。よくもまあ、そんなことするもんだ。目が潰れッちまう」
「おりゃビールなんか呑まねえ」
「酒呑む余裕もねえのか」
「焼酎党なんだよ」
「ビンボー人なのかよ。そうだよな、そう見える」
「おまえらに云われたくねえ」
「似たようなもんだろ」
「まあな」
「今日はさみーけど、あと二ヶ月もしたら花見酒だ」
「筵の花見か」
「小皿叩いてチャンチキおけさよ」
「いい身分だな」
「心は貴族だぜ」
「羨ましいよ」
「あくせく働いたって、くよくよ悩んだって、行きつく先はみんな同じだぜ。極楽だよ。結果オーライってやつさ」
「そりゃそうだな」
「あんパン喰いねえ」
「要らねえよ」
「もうちこっと太った方がいいぜ、にいちゃん。女に嫌われるよ」
「女は居る」
「なんだ、居るのか。どうせ不細工なんだろ」
「失礼だな。めちゃくちゃ可愛いよ」
「何処で見つけたんだ。おれにも紹介してくれ」
「やなこった」
「女はみんなで分け合わねえと」
「ヒッピーみてえだな」
「そんな上等なもんじゃねえ」
「ヒッピーはルンペンの親戚みたいなもんだろ」
「違うね」
「どう違うんだよ」
「おれらに思想はない」
「なるほど」
「なーにが『なるほど』だ。学のある奴みたいなこと云いやがって。いや、あんたは学がありそうだな。おめえ、学者か。おい」
「そんな頭があったら苦労しねえよ」
「苦労してんのかよー、若いのに。呑みねえ、喰いねえ」
「勧めるような酒じゃねえし、差し出してんのはドーナツじゃねえか」
「ごちそうだ」
「胸張って云うな」
「後ろぐれえことしてる訳じゃねえんだから、胸くらい張らあな」
「そうだよな」
「にいちゃんはよう。よっれよれの服着て、うだつの上がんねえフインキだな」
「ふんいき」
「そう云っただろぉ」
「云ってねえよ」
「こまけえことに拘るな。沢庵どうだ」
「まっ黄っきだな」
「腐っちゃいねえよ」
「ほんとかなあ」
「でぇーじょーぶ、でぇじょうぶ。腹壊して死んだ奴は今んとこ居ねえ」
「漬けもんならいいか」
「漬け物も腐るよ」
「……陰気なひとも居るんだな」
「こいつはアンコウってんだよ」
「深海魚か」
「べたーっとこんなんして横ンなって、誰とも喋んねえで、口の端ィ下げて、むすーっとしてんだよ。日雇い行っても嫌われてんだよ」
「無理してひとづき合いするこたねえけどな」
「あんた、話が判るんだな」
「おれもひとづき合いには苦労したから」
「そうは見えないけど」
「努力の賜物だよ」
「あんたえらいな、若いのに」
「若い時の苦労は買ってでもやれっつーだろ」
「お、そのコトワザは知ってっぞ。小学校ん時に教えてもらった」
「身につかなかったんだな」
「おうよ、当たり前ぇじゃん」
「自慢げに云うな」
「にいちゃん、職にあぶれてんなら紹介してやろうか」
「要らねえよ、ちゃんと働いてる」
「働いてんのか、ヒモかと思った」
「なんつーこと吐かしやがんだ」
「そんな感じだからよ」
「働かざるもの喰うべからずってゆーだろ」
「耳が痛えな。稼ぎがあるようにゃ見えねえけど、ちゃんと喰ってけんのか?」
「一応な。同居人も働いてるし」
「なんだ、その同居人てのは。しゃらくせえこと吐かしゃあがって」
「先刻云ってためちゃくちゃ可愛い娘だろ」
「ああそうか。そんならよう、所帯持ってたらきちんと働かねえとな。おう、にいちゃん」
「おめえはかみさん働かしてただろ」
「お陰でおん出された」
「ったりめーだよ。かみさんソープに沈めて、博打に明け暮れて借金こさえてる奴なんか、お天道様の下に生きてちゃなんねえっつの」
「そりゃまあそうだけどよ、向こうもそれでいいつってたんだし……。まあいいじゃねえか」
「にいちゃん、こんな輩は手本にしちゃなんねえぞ。女は大切にしねえといけねえよ」
「大事にしてるよ」
「女はワガママだけどな、それも含めて可愛いもんよ。男はてめえがいつまでも子供だから面倒かけちまうけどさ、金の苦労だけはさせちゃいけねえ。女が慾しがるもんは、てめえが菰被ってでも買ってやりな」
「そこまではしてねえけど、なんでも買ってやってるよ」
「えらい。にいちゃんはえらいな。男は女を立てて一人前なんだよ。おめえは立派な男だ」
「はじめてそんなこと云われた」
「浮き世に塗れた奴らにゃあ、判んねえんだよ。にいちゃんはいい男だ。面は女々しいし、ビンボ臭え身装してっけど、そこらの若造なんかよりずっと男らしいぜ。自信持ちな」
「ありがとー」
「にいちゃんにかんぱーい」

(2016年01、29。某ブログにて)

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