IBM「Watson」とは

米大手IT企業「IBM」はこれまで「コンピューターが人間を超えること」をテーマに、「グランドチャレンジ」として数々の挑戦をしてきました。そのひとつが「チェス」です。IBMはチェスの世界チャンピオンに勝利するために「ディープブルー」を開発しました。

「ディープブルー」は当時世界チャンピオン、ガルリ・カスパルフ氏に一度は破れますが、その後リベンジを果たし「ディープブルー」は人間の世界チャンピオンに見事勝利します。1997年の事です。


コンピュータが「チェス」で人間の世界チャンピオンに勝利したことは、歴史的な出来事で、大きな話題となりました。


IBMはその後、チェスで人間の世界チャンピオンに勝利したのに引き続き、今度は米国のクイズ番組「ジョパディ」で人間のクイズ王に勝利するために開発を始めました。


そこで生まれたのが「IBMワトソン」です。

(ワトソンという名前はIBMの創立者であるトーマス・J・ワトソン氏から由来するものです)


しかし、ワトソンが人間のクイズ王に勝利するためには様々な課題がありました。それはクイズ王に勝つためには人間の言葉を理解する必要があることです。他の人間の回答者と同じように、人間が話す言葉(自然言語)を理解しなければ答えることができません。

これはコンピューターにとっては大変難しく、開発者は苦難を極めました。当時はまだ音声認識技術が未熟で、ワトソンはテキスト文字でクイズの質問を認識していました。(詳しくは、スティーブン・ベイカー他2名の著書「IBM奇跡のワトソンプロジェクト:人工知能はクイズ王の夢を見る」にそのことのことが詳しく書いてあります)


しかし、ついに2011年2月にワトソンは人間のクイズ王に勝利します。


このときのワトソンはいわば「人間の質問に答えられる賢いスーパーコンピューター」です。


IBMは人間の質問にも答えられる賢いスーパーコンピューター「ワトソン」を当然、事業に取り組もうと動き出します。
そして、「ワトソン」を社会への応用としての取り組みが開始します。


そこで、最初にIBMが目をつけたのは医療分野です。
医療関連の文献や論文など、毎年発表されたり、発行される医療関連の資料は何十万件、と膨大な量になります。到底人間では読みきる事はできません。


そこに「IBMワトソン」を使おうと試みました。ワトソンはウィキペディアや様々な文献など大量のデータや知識を有し、100万冊の本に相当する知識を持つとされています。よって、人間では膨大な文献や資料を読み込むような非現実的なことでも、ワトソンは理解することができます。これを「自然言語解析」といいます。


ワトソンはこの技術を使って医師や研究者、看護師、製薬関連などの医療に従事する人たちの質問に対して、適切な答えを瞬時に提供するシステムを目指しました。


その後、ワトソンは医療業界へ数々の貢献をします。
例えば、創薬業界ではひとつの新薬を開発するのに10年の期間と、1000億円の予算が必要とされています。ワトソンはこの分野で新しいガンの治療薬の開発で使用されています。ここでは、がん抑制遺伝子に作用するタンパク質を絞り込む作業にワトソンを使用しました。その結果、約7万件の科学論文を分析し、がん抑制遺伝子の特定しました。このようなタンパク質の特定は、業界では1年に1個見つかれば良いとされているところを6種類も特定したといいます。


また、ワトソンが医療業界での貢献で大きなニュースとなったのは、急性骨髄性白血病と診断された女性患者の事例があります。その女性患者は半年間抗がん剤治療を受けていましたが、改善が見られない状態でした。そこにワトソンを活用しました。ワトソンに2000万件以上のがんに関する論文を学習させ、あらためて、女性患者の病状を診断させました。すると10分程でワトソンが病名と治療法を示しました。そして、医師がその治療薬を処方したところ、その患者の病状が快方に向かったといった事例です。これは、TVでも大きく取り上げられ話題となりました。


さらに、ワトソンからの質問にさらに回答を加えることで、別の病気である可能性もワトソン自身で判断させたり、その情報をもとに、より正確度の高い診断結果を出せるよう、学習させました。


このようにいろいろな学習パターンを繰り返しているうちに、ワトソンをどのように利用すればいのかという道筋が見えてきました。
そこでまずIBMは米国で「IBM Watson Engagement advisor 」を発表しました。


これは、質問に対して答えを返す「質疑応答システム」で、顧客対応などに利用するものです。
ワトソンの大きな特徴として、質疑応答システムがあります。これを技術者が自社のシステムから利用するために必要なソフトが「API(Application Programming Interface 」です。APIを提供するために「IBM Watson Developers Cloud 」という開発者向けの環境が用意されており、開発者は適切なサービスを選んで利用することができます。


開発者は、IBMのクラウド「PaaS(Platform as a Service)」である「IBM Bluemix」とう開発環境から、これらのAPIを組み合わせて、誰でも簡単にソフトウェアを作成することができるとしています。

ワトソンのブランド名でツールをセットにしたプラットフォームを提供していますが、その中でいくつかのツールを上げると、基礎的なものでは、
自然言語分類(文脈、意味も解釈して分類)
テキストデータの検索およびランク付け(情報検索精度の向上)
性格分析(人のパーソナリティの分類)
画像認識
音声認識と音声合成
などがありますが、ワトソンはクイズで「ジョパディ」に挑戦した経緯から、自然言語処理や理解の機能の能力が高いため、その機能が目立ちます。したがって、画像認識、音声認識、自然言語処理の機能を「ツール内」で使用する形態となっています。

代表的なツールの例を挙げると、
Watson Knowledge Studio
Watson for Clinical Trail Matching

Watson Discovery Advisor(医療や法律等で異質なデータソースを調べて洞察を可能にします。創薬やヘルスケアで実用化されています)
Watson Explore(構造化及び非構造化コンテンツを分析し、傾向、パターン、関係等を見い出します。日本では初期に銀行が導入しました)
Watson Engagement Advisor (顧客と対話して学習することによって、知識を蓄積し、適切な解決策を提示する質疑応答システム)
Watson Analyticsh(いわゆるBIツール「Business Intelligence tools」蓄積した膨大な量のデータを分析・加工・抽出する意思決定支援ツールのこと。自然言語で問い合わせることができる)

アプリケーション
Watson for Oncology(がん治療のサポート)
Chef Watson (料理のレシピを考案する)
Watson Wealth Management (個人の資産運用を支援する)

Watson for Drug Discovery (医療論文データ2000万件もの論文を中心に大量の医療論文から抽出した成分と効能の関係等の知識を持ち、創薬やライフサイエンス研究をサポートする)
Watson Genomic Analytics(遺伝子と薬の効き方の関係などゲノムデータに関する膨大な文献データから抽出した知識を持ち、ゲノム情報を利用した治療法の選択をサポートする)

アメリカを中心に開発をされていたワトソンですが、2016年2月に、「IBMワトソン」の日本語版が商用目的として提携パートナーズであるソフトバンクから発表されました。まず初めに、IBMワトソン日本語版として6種類のサービスの提供を発表しました。これによってワトソンは日本語を学習して理解できるようになりました。


まずワトソンができることとして、「自然言語の理解」「文脈等から推察」「経験等から学ぶ」を強調しました。このシステムをIBMは独自に「コグニティブシステム」と呼んでいます。


ワトソンが日本語に対応した6種類のサービスとは、次のようなものになります。
1.自然言語分類
(人間の体は自然言語から意図や意味を理解するための技術)
2.対話
(個人的なスタイルに合わせた会話を行う技術)
3.文章変換
(PDFやワード、HTML等の人間が読める形式のファイルをワトソンが理解可能な形式に変換する技術)
4.検索およびランク付け
(膨大なデータの中から最適解を導き出すための機械学習を利用した検査技術複数回答のランク付)
5.音声認識
(人間の話した声が文字に変換する技術)
6.音声合成
(人間の声を人工的に作り出す、発話する技術)

サービス開始当初は、有料のサービスだったワトソン日本語版ですが、2017年10月に、何と、ワトソンの6つの基本機能を「無料」にすると発表しました。


ワトソンの利用には最低でも数百万円程度かかっていたため、導入をためらう企業が多かったのですが、無料化の影響で、中小企業や個人で活動するソフト開発者または学生は今後利用しやすくなりそうです。ですが、「音声の文章変換」や「画像認識」など高度な機能を使う場合や、一定の情報処理能力を超える場合は課金する必要があります。

ワトソンの利用事例

JALマナカちゃん
日本航空は顧客がハワイ旅行の際に、専用ウェブサイト上のチャットで質問を書き込むと、IBMワトソンのAPIの機能を利用して、現地情報やオススメスポットを回答するサービスを開始しています。
「マナカちゃん」と呼ばれるチャットボットに、質問を書き込むと、IBMワトソンピーピーワイの会話(Conversation )機能、性格分析(パPersonarlity Insights)機能に加え、画像認識(Visual Recognition )機能と連携して様々な質問に答えることができます。
例えば赤ちゃん向けの空港サービスとして、機内サービスやハワイで離乳食を入手する方法といった様々な顧客の要望に応えてくれます。
「マナカちゃん」は旅行情報サイト「TripAdvisor 」と連携しているため、常に最新の情報を入手することができ、紹介された情報(画像や口コミなど)を参考に、自分に合ったプランを練ることができます。
また2017年の最新版では、利用者が撮影した写真や、風景、食べたいもの等の画像をチャット画面上で、(マナカちゃん)に送信することで、その人に合ったお勧めの情報を受け取ることができるようになりました。
さらに、FacebookやTwitterのアカウントでログインすると、過去の投稿から、ワトソンAPIの「性格分析」がお客様を9つのキャラクターに分類するとなど、サービスの利用が拡大しています。

みずほ銀行
みずほ銀行は2015年2月とかなり早くから「ワトソン」をコールセンターで導入しています。ワトソンによってリアルタイムに支援を行うことが可能となりました。コールセンターに顧客から電話がかかってくると、オペレーターは顧客と会話をして、その会話をもとにワトソンは適切な回答を画面に次々と提示します。以前はマニュアル本をめくりながら回答を探し対応していましたが、ワトソンによってその負担が軽減され、適切な回答を短時間で顧客に伝えることができるようになりました。
今後も、将来に向けて、ワトソンとpepperを組み合わせた新たなサービスなどが生まれていきそうです。


ワトソンの資格が登場

日本IBMは、2017年4月に人工知能型コンピューターワトソンを活用するソフトウェアの開発技術を認定する資格(IBM Watson Application Development)を開始しました。AIに関する知識やワトソンの使いこなし方の日本語版の習得を認定します。認定レベルは中級。受講料は21600円。
日本で初めてのワトソンに関する認定資格であり、人工知能の概念や特徴、機械学習技術といった基礎知識から、開発及び具体的な利用ケースの知識、さらにワトソンの使用のアプリケーション・インターフェース(API)の機能や利用方法、複数のAPIを組み合わせて構成する方法といった、コグニティブシ・システム構築のための実践的な知識の習得を認定します。
認定試験に合格すると、認定資格と、デジタルに視覚情報を証明できるワトソンデベロッパー認定「バッチ」を取得できます。

(2017年執筆)

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