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【ショートストーリー】藁人形の加護と魂の輪廻

 僻地の村にある一軒家。
 そこに住む夫婦には、長年の望みが叶い、やっと子宝に恵まれた。
 しかし赤子は生まれながらに病にかかり、いつ命が絶えるかわからぬ脆く儚い存在だった。

 夫婦は昼も夜も、この子の無事を祈るのみ。

 しかし村人は、「その子は死ぬ。ろくな事にならぬ」と囁く。

 そんな中、村を訪れた旅人がいた。旅人は村の仕事を手伝い、やがてその家に身を寄せるようになる。

 夫婦は昔話の「わらひと形(がた)」を思い出し、子を守る加護を求めて、わらでできた人形を造った。
 旅人はその人形が揺れ動き、いつしか人形から出る声に導かれるように、物語を語り始める。

 旅人の物語は、昔々の王国の出来事を綴ったものだった。

 王国は誇り高き王と豊かな国土にも恵まれ、国民は仁慈をたたえ幸福に暮らしていた。しかし、ある日、王が倒れ重体となる。それは国を蝕む恐ろしい病の第一号感染者だった。
 
旅人の物語は次第に盛り上がり、人形の動きもますます活発になっていく。家族はしばし物語の世界に酔いしれるが、やがて段々と違和感を覚え始める。

「おかしい。わらで作った人形がこれほど活発に動くはずがない」

 夫は猜疑心を抱き始めた。そして旅人を疑う目で見る。

 その目は次第に冷たくなり、敵意に満ちていく。そして、夫は旅人を追い払おうとする。

 しかし、旅人は「この人形に魂が憑いている。私を迫害するとあなた方は報いを受けることになる」と語り、家族を脅し始める。
 しかし夫婦は屈しなかった。夫に説得され、妻も共に立ち向かうと決意する。

 夫婦は旅人とわら人形を別々の部屋に閉じ込め、二手に分かれて監視することにした。

 夜が明けると、夫が見守っていたわら人形の部屋からは何の変哲もなかった。しかし妻の見守る旅人の部屋からは、絶え間ない独り言が漏れ聞こえた。それは異様な響きを帯びていた。

「……私の望みは永遠の命だ。この子を永遠に生かし続けるため、この子の命を分け与えてもらおう……」

 その言葉を最後に、旅人の部屋は沈黙に覆われた。
 妻が恐る恐る部屋を覗くと、そこには旅人の姿はなく、ただ虚ろな目をしたわら人形が佇んでいるだけだった。

 夫婦はそのわら人形を焼き払おうとするが、突如人形から旅人が現れ、彼らの行く手を阻む。旅人は人形に込められた魂であることを明かし、長生きの望みのため、夫婦の子の命をもらうと言い放った。

 夫婦は子を守るため、旅人と人形を村の人々に助けを求める。
 しかし村人は昔からの迷信に従い、わら人形の力を恐れて手を貸そうとしない。

 状況は一転し、今や村人たちこそが脅威となった。
 家に閉じこもる夫婦に、わら人形は執拗に近づき、子の命を狙い続ける。

 追い詰められた夫婦に、ある考えが浮かんだ。
 それは灯火を人形に投げつけることで、人形の力を跡形もなく閉じ込めることができるという、村の古い言い伝えだった。

 夫婦はその機会をうかがい、隙を見て人形に火を放った。
 すると人形は焦げ爛れ、悲鳴を上げながらもがき狂う。
 そして遂にその姿は消え去った。

 夫婦は安堵したが、そこには思わぬ驚きが待っていた。
 消え去った人形の跡に、一人の乳飲み子の姿があったのだ。
 その子は夫婦の子とは別の、まったく見知らぬ子どもだったのだ!

 夫婦は戸惑いながらも、その乳飲み子をおそるおそる抱きしめた。
 するとその子は鼻を鳴らし、夫婦に甘えるように体を寄せてきた。

 そのとき、壁の隙間から小さなわら人形が這い出してきた。その姿は以前とは違い、子供のような小さな小さな人形だった。人形は喘ぎ喘ぎながら、こう語りかけた。

「私は遥か昔この村で生まれた子供でした。しかし病に冒され、親の手によって捨てられました。私は憎しみに心を狙われ、わら人形に自らの魂を封じ込めたのです」

 人形はさらに続ける。

「しかし、あなた方の子への愛の深さを見て心を動かされました。私は愛を知り、自らの非道を恥じ入りました。そして自らの魂から、この乳飲み子を生み出したのです」

 夫婦は人形の告白に感動し、乳飲み子を家族の一員として受け入れることにした。
 しかし、我が子はまだ病に冒されていた。

 そこで人形は、自らの残りの魂を夫婦の病いの子に捧げると宣言した。夫婦は驚きながらもそれを承知し、人形の魂が我が子に宿ることで、ついに我が子は病から完治したのだった。

 人形の体を溶けつつあった。しかし人形は満足そうな表情で、夫婦に微笑みかけた。

「あなたがたの愛に触れ、私の魂は浄化されました。今私は安らかな心で、この世を去ることができます」

 そう言うと、人形は最後の力を振り絞り、乳飲み子に宿った魂を我が子に移して、静かにこの世を旅立った。

 やがて村の人々も、この出来事を受け入れた。村人たちは子を捨てられた魂の物語を語り継ぎ、人の愛と寛容の大切さを学んだという。

 夫婦と二人の子供は、共に穏やかな日々を過ごした。
 旅人の物語に導かれた出会いは、単なる夜話ではなく、人と人との縁を結び直す重要な体験だったのだ。

 この出来事を経て、村では以前のように病める子を見捨てることはなくなった。誰もが互いを思いやり、寛容の心を養うようになったのである。

【終わり】

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