ゆきすけ

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次に会う日を楽しみに

家康との戦を目前に、調略と軍議の嵐の中にいる。 8月も半ばを過ぎ、私は各々の布陣や兵站を練る中で、我が友・大谷吉継に山中村への陣地構築を指示していた。主戦場がここ大垣城ではなく関ヶ原近辺になるであろうと見越しての布陣である。吉継は平塚らを伴い、ひと足先に陣地の整備を開始する手はずだ。出立を控えた吉継が大垣城へ顔を見せたのは、予定よりもやや早い秋晴れの日だった。 「刑部、よく来てくれた」 従者に手を引かれ、黒い杖をついた吉継が戸口に現れた時、私はなんとも言えない感情に襲われた。

    • その瞳に映るは

      ガシャン、と大きな音が鳴って、高政は顔を上げた。視線の先で、孫四郎と喜平次が呆然と立ち尽くしている。足元には鮮やかな色合いの鞠と、粉々に砕けた鉢、まだ花も咲かぬ梅の木が転がっていた。高政の後ろにいた日根野が慌てて駆け寄っていく。 「孫四郎様、喜平次様、お怪我はありませぬか!」 ふたりはかすかにうなずいたが、顔は真っ青だった。高政も庭に降りて側に近づき、割れた鉢を見た。よりにもよって、父の利政が大切にしていた盆栽だ。時折利政が直々に手入れしているのを見たことがある。事の重大さを

      • 高政の御守り

        朝から始めた書物や備品の片づけがようやくひと段落ついたのは、夕刻も間近になった頃だった。昼飯を食べてから蔵の掃除の手伝いに来てくれていた伝吾に声をかけて、自室で茶を用意する。やがて畑仕事で日に焼けた伝吾が上がってきた。この男は笑顔で汗をぬぐう様がとても似合う。 「伝吾、畑もあるのに手伝わせてすまなかったな。おかげであれだけの量が1日で片付いた」 「いえ、お気遣いなく!朝のうちに植え込みが終わっていたので、ちょうどよかったです」 まあ座れ、と向かいの座布団を指した。

        • 夏の月

          高政から届いた文には、短く「今宵、裏山で待つ」とだけ書かれていた。首をひねり、その文字を何度か目でなぞる。何事かあったのだろうか。考えてみるも、わしには特に思い至る事柄もない。文を静かに懐にしまい、厨に立つ母上に声をかけた。稲葉山城へ出立する旨を告げると、まあ、と母上は目を丸くした。菜を茹でる鍋からもうもうと蒸気が上がっている。 「待つ」と文に書かれていたが、夜半になっても高政は現れなかった。山寺へ続く石段の頂上に腰を下ろし、手持ち無沙汰でもう一度文を読む。今夜は

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