第42話「見えない勅令」

「な、んで…。お前が、ここに…!」

抱えられた情けない格好のままでも…

怒りで、頭に血が昇っていくのが分かった。

「お前のせいで……うわぁ!!!」

ブレイズに、怒りを叫ぼうとしたのに…

「よいしょ…っと。」

大先生に…なんとも雑に、地面に投げられて。

「いてっ!!!」

受け身もとれず。あっけなく、地面に背中を打ち付けた。

痛がる俺を気にもとめず、
大先生は、10メートルほど先から向かってくるブレイズに…

「初めまして!こんにちは。

僕は、タケト・ノヴァンと言います。どうぞよろしく。」

見たこともない…爽やかな笑顔で。

右手を差し出しながら、向かっていった。

俺は痛めた背中をさすりながら、
ブレイズの動きや発言を、警戒する。

「…。あなたが、この組織の…トップ、でしょうか?」

ブレイズは、そう、にこやかに問いかけ…

こちらに向かって、ゆっくりと歩くのを…やめない。

「いいえ。僕は、ただのイチ隊員ですよ。

ホワイトノーブルに憧れている…この、ブラックアビスの、ね。」

大先生も、後ろにいる俺からは見えないが…たぶん、笑いながら。

ブレイズと同じくらいのスピードで…ゆっくりと、歩みを進める。

「嘘は…よくありませんね。」

ブレイズが、そう言って歩みを止めた。

白と黒…2人の隊長の距離は…約、3メートル。

「嘘…ですか?

それは…どの部分を、指しているんでしょう?」

大先生は、相変わらず楽しそうな声色で言う。

ブレイズと同じく…歩みは、止まった。

「どの部分か、ですか…。

そうですね。強いて言うなら…すべて、ですね。」

ブレイズは、微笑んだまま…

…ゆっくりと、左腕を上げた。

肩から垂れ下がった真っ白のペリースが、大きく揺らめく。

「大先生っ!危ないっ!!」

俺は、2日前、
ブレイズに攻撃された場面を思い出し…

咄嗟に、大先生に向けて、大声で叫んだ。

しかし、そんな俺の叫びも気に留めず…

「勅令するーーノエル、舞い”踊れ”。」

ブレイズはそのまま、よく通る低い声で勅令した。

ただ…

(”狂え”じゃなくて…”踊れ”…?)

ゆっくりと発現したノエルや、周囲に溢れるモヤも、

【黒の再来】の夜の”白”とは違う…

ジャアナの街で見ていたような”水色”だった。

そうして現れたオーバー…イルカのノエルも、

氷の柱ではなく…
周りにまとっているのは、水色の、水の塊だった。

「…私の、近距離での発現にも、全く動じない。

あなたは…私の勅令に、攻撃する意志がないことを、
一瞬で、察知したようですね。

ただの隊員では…ありえない、高い能力と、判断力です。

それに、ブラックアビスも…我々に憧れている組織では、ありませんね。」

ブレイズは、発現したノエルを優しく撫でながら。

消えていくノエルを見つめ…

穏やかな口調で、大先生に向かって、そう指摘した。

「…。

いやぁ〜。ブレイズ隊長ったら、僕を褒めすぎですよ。

隊長の流れるような勅令に…咄嗟に、行動できなかっただけです。

ただ…

…今から、ちょっと、反撃してみようかな〜なんて。」

大先生は、とても楽しそうに言い…右手を、勢いよく振り上げた。

そして…

「勅令するーーペアレ、”解き放て”。」

(大先生の…勅令…!!!)

俺は、ずっと気になっていた大先生の勅令を…凝視する。

見逃さないように…と、目を凝らしたが…

「えっ?」

大先生の周りには…

オーバーらしきモノも、

なんなら、溢れ出る光や、モヤなんかも

何も…勅令する前後で、変わったようには、見えなかった。

なのに…

「…っ!」

ブレイズは、サッと身をひるがえして。

大先生から離れた所…1メートルほど、後ろに飛び退いた。

そして

「やはり…私が『すべて、間違いです』と…

指摘した、通りでしたね。」

微笑んだまま…だけど、真剣な口調で、そうつぶやいた。

「お〜、やっぱ避けられるか!さっすが隊長だな。

せっかく良い子のフリして近付いたってのに〜。

ただの隊員だって嘘ついたことや、
ブラックアビスが、お前らに憧れてるって嘘も…

…挙げ句、俺のチカラまで。

ぜ〜んぶお見通しだなんて、面白くないなぁ〜。」

”面白くない”…なんて、言っておいて。

大先生は、すごく楽しそうに…ブレイズと、話を続ける。

「改めまして…

俺は、ホワイトノーブルの”真の野望”を阻止するために作られた

ブラックアビスの…”特色隊”隊長、タケト・ノヴァンだ。

さっきは、嘘ばっかついて、悪かったな!

ほら、ブレイズ隊長って…
ホワイトノーブルの隊長3人の中でも、”最強”って、言われてるだろ?

俺って、慎重なタイプだからさぁ。」

(大先生が…慎重?)

まだ1日も一緒に過ごしてないけど…

…たぶんこれも、嘘だな。

「そうでしたか。

やはりあなたが、ブラックアビス”最強”と噂される…”特色隊”の、隊長。

そして…慎重なタイプ…。

情報では…”自信が服を着て歩いている”、とのことでしたが…。」

ブレイズが、はて?と、首をかしげる。

「はぁ〜?!また”それ”か!!

ったく、あいつら…そんなに俺をバカにして楽しいか!!」

(あいつらって…やっぱハナ隊長と、サクヤ隊長…かな。)

そう思って、少し笑ってしまいそうになりながらも

「大先生が…ブラックアビス”最強”…。」

数メートル先の…

大きなたくましい背中を見つめて、そう、つぶやいた。

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