第52話「先回り」

「ハァハァ…。もう、追ってきてないよな?」

俺は、一度も後ろを振り返らないまま、
ただひたすらシオンを引っ張って…

路地を走り回って、人気のない方を選んで進んだ…んだけど。

「てか、追っ手がどうこうより…

俺たち、今どこにいるんだろ?」

俺は苦笑いして、
掴んでいた手を離し、隣に立つシオンに話しかけた。

俺たちの周りには、いつの間にか建物が無くなっていて。

小さな川と、そこにかかる小さな橋。

その橋の上、陽が落ちた闇の中には、俺たち2人だけ。

(ここから…集合場所の、村の入り口まで、戻れるか…?)

橋の上からキョロキョロと周囲を見渡し、
見覚えのある建物はないか、探ってみる。

そんな俺の隣で
シオンは、相変わらずの無表情。

いや…一応、真剣な顔で、
一緒に帰る道…探してくれてるのかな…?

「シオンは、この辺の道、詳しい?

あ、自己紹介まだだったよな!俺は…

あ!そうだ!さっき、どうして俺の名前…?」

俺は、走るのに夢中で忘れていた、
さっきの空き地でのやり取りを思い出し。

「俺のこと、知ってるのか?いや…。」

冷静に状況を振り返る俺をじっと見つめて、

シオンは無表情のまま、ぽつりとつぶやいた。

「恥ずかしがらずに…

会いたいなら、叫んでみるべきだと思うよ。」

会話に…なっていない。

そう、空き地でも、確か…。

いや、これは…

「そうか…!お前、【先回り】してるだろ!」

俺は、犯人のトリックが分かった探偵のように。

嬉しくなって、シオンの肩を掴んで言った。

「俺がさっき、頭の中で

【何で俺の名前、知ってたんだ?】

【大先生なら…何か分かるかな?】

【そういや、どうやって集合場所に戻ろう…。】

【あ、大先生が、叫べば見つけてくれるって言ってたな。】

【いや、でもこの歳で迷子で、叫んで助けを求めるなんて…】

って、思ったから!

それを読んで、

俺との会話、【先回り】したんだろ!」

肩を掴まれたまま
黙って俺の推理を聞いていたシオンは、

これまでで1番、無表情とは違う…

少し、照れたような表情で言った。

「わざとじゃないよ。

癖に、なってるんだ。

あと、そこまで正確には、”読め”てないよ。」

(やっぱり、そうか…!)

「めちゃくちゃすごいじゃん!!!

心の中が、読めるんだな!?」

つい、興奮から
シオンの肩をゆすりながら褒めると

「…うん。」

シオンは、今度こそ恥ずかしそうに
少しうつむいて、控えめに肯定した。

「叔父さんに引き取られてから、すぐ…
このチカラが、使えるようになったんだ。

その頃は、叔父さんに…殴られるようになってて。

殴られないように…
叔父さんが、なるべく機嫌よく過ごせるように

そうやって暮らすために
心の中が見えるのは、すごく便利だなって、思った。」

橋から降りて、
川べりに2人並んで腰掛けて。

流れる小川に視線を向けたまま、
シオンがゆっくりと、話をしてくれる。

「チカラを使ったら…
視界に入った相手の考えてることが、

大きな紫色の付箋(ふせん)に書かれて、
その人の周りに、ひらひらと舞い落ちるんだ。

花びらみたいで、すごく綺麗なんだよ。

…つい癖で、いつも誰かと話す時は、
チカラを使ってしまうんだ。

そして、
その舞い落ちる付箋と…会話してしまう。」

シオンは、体育座りの姿勢で、
膝に顔を埋めながら、つぶやく。

「そんな俺のこと…

村のみんなが気味悪く思うのは…当然だって分かってる。

でも、今では…付箋を見ないと、怖いんだ。

みんなが何を考えてるか分からないのは、すごく怖い。」

俺たち2人を、
目の前の川の音だけが、包み込む。

「そっか…。話してくれて、ありがとう。

あっ!でも、そんな大事な話、俺にして…

その、大丈夫か?いや、すごく嬉しいんだけど!」

チカラについては、普通、
信用できる人以外には、隠している事が多い。

特に子どもは、親から口止めされていたりする。

チカラを狙われて誘拐されたり、
チカラを悪用しようと近付いてくるやつもいるからだ。

(シオン、ちょっと抜けてそうだから…

すぐ、誰かに話したりしてないかな?心配だ…!)

俺の頭の中を、少し失礼な考えがよぎった時

「ヨウは…いいヤツだからな。

空き地でも…俺を心配する言葉で、いっぱいだった。

見ず知らずの俺を、心から心配してくれてた。

だから、大丈夫だ。」

シオンは、ずっと川を眺めたまま、話す。

「こんな、人の心を勝手に見るような癖…

本当は、直さなきゃって、いつも思ってたんだ。

でも、実際に
誰かを目の前にすると、怖くて…。

だけど今は…不思議だけど、

ヨウなら…付箋を見なくても、こうやって話していられる。

こんなこと、初めてだ。」

シオンは、川を眺めたまま、
相変わらず無表情で、淡々と話しているけど。

ほんの少しだけ、
その声色は、嬉しそうな色を含んでいる気がした。

「そっか!じゃあ…俺たち、友達にならないか?

…いや!その前に、言うことがある!」

俺はサッとその場に立って、

「さっき少しだけ、

【シオン、ちょっと抜けてそうだから、

すぐ、誰かにチカラのこと話してるんじゃないかな】

って、心配しちまった!失礼なこと考えて、ごめん!!!」

頭を下げながら、
シオンに、右手を差し出した。

「こんな俺でも良かったら、
やっぱり、友達になってください!!」

シオンは、自分のチカラや境遇と向き合って、
ちゃんと前に、進もうと頑張っている。

そんなシオンと、純粋に友達になりたいと思った。

それに…同じ”禁色”として、

ホワイトノーブルから逃げるんじゃなくて、
自分たちのチカラで、一緒に立ち向かっていきたい。

そう、シオンも、
ブラックアビスに、入ってくれたら…

「ヨウ…ありがとう。

でも…ごめんね。」

シオンが、何かつぶやいた気がしたが。

(気のせいかな…?)

そう思って、差し出し続けた右手は…
いつまで待っても、握り返されることはなくて。

「…あれ?」

顔を上げると…

そこにはもう、シオンの姿は、無かった。

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