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「電話だよ、って苗字を言われていたけれど、誰?って」-『ライフストーリー インタビュー』

「電話だよ、って苗字を言われていたけれど、誰?って」

渡辺 サヤ (43)


私の旦那さんって基本的に、何かを決めるとき私にまったく相談しないんです。
結婚することになってすぐ、ここに決めた、って勝手に家を買おうとしたんですよ。急にそんなこと言われてびっくりですよね!お金もないのに。まあローンはちゃんと組めたんですけど。それで彼が勝手に決めたその家を買って、今も住んでいます。
旦那さんとは高校の同級生なのでもうすごく長いんです。同じクラスになったことはなくて、1年生のときは存在も知らなかった。それが不思議なんですけれど、2年生になってたまたま見かけた彼のことを、あの人誰?って、思ったんです。一緒にいた友だちに聞いたら○○君だよって。そのときはただふーん、っていう感じで終わったんですけど、なにかが引っかかって。それでも特に何事もないまま過ぎて。それで2年生も終わる頃、その友だちと市立図書館で勉強していたら彼がいたんです。「あの人誰?」ってまた友だちに聞いたら、いや○○君って前も教えたじゃん!って言われて。彼のことは2回見かけただけで話したこともないのに、「あの人のこと、私、めっちゃ好きなんだけど」って、友だちに言っていたんです。
それからストーカーのように彼を追いまわす日々が始まりました。彼は野球部で、当時私はギャルだったのに坊主頭の彼を物陰からこう、そーっと見たりして。話しかけることも話しかけられることもないまま半年間くらいずっとそうやって遠くから見ていたら、ある日、部活を終えた彼が一緒に帰る?って声をかけてくれたんです。えーっ⁉って、すごくびっくりして。それで初めてふたりで一緒に帰りました。そのときはもうすっごく、嬉しくて。
だけど直後に彼は別の子と付き合いだしちゃったんです。積極的に言い寄ってた年下の子に告白されたみたいで。すごいショックを受けて、泣いて…。そうこうしているうちに大学受験が始まって、その頃には別れたっていう噂も聞いたりしてたんですね。それで私が短大進学、彼が浪人って進路が決まって私からまた連絡したら、会ってくれるようになって。高校を卒業してからちゃんと付き合うようになりました。

私が進学したのは四大の短期大学部で、学校には普通に四大の男の子もいたんですね。え、彼氏浪人生なの?とかよく言われたりしたけれど、それで彼のことを嫌になる、っていうことはありませんでした。
というのも、旦那さんはすごい苦労人だったんです。生まれたときから父親もいなくて…私生児だったから。彼のおかあさんは彼を未婚で生んで、その後別の男の人と結婚して妹と双子の弟が生まれているんです。だから自分だけ父親が違う、4人きょうだいの長男。7歳離れた弟ふたりの面倒はほとんど自分が見ていた、って言ってました。高校生のとき一度家に遊びに行ってびっくりしたのが、あの…こんな狭い家があるんだ、って。6畳2間の市営住宅に6人で暮らしていたんです。彼は台所の冷蔵庫の前に布団敷いて寝ていて。そんな彼の環境や姿を見てたから、なんていうか…しっかりしてるし、すごく頼れそうな人だなって感じていたんです。
それで大学に行くと周りがみんなチャラチャラして見えちゃうんですよ。実際かなりお金持ちな子も多くて、BMWとかで学校に来ていたし。一方で旦那さんは原チャリ買うお金もないから中古で安く譲ってもらって、っていう感じで。予備校も夏季と冬季の講習しか受けずに普段は自分で勉強してました。講習費や大学の入学金を貯めるためにずーっとバイトしながら。だから実際に付き合うことになってもぜんぜん会えなかったんですね。それは2年目に彼が大学に進学してからも、翌年には私が就職してからもずっと同じでした。だからとにかく淋しかった。そんな会えない不満だったり、ほかにも言いたいことは普段から私もはっきり言ってたから、常にケンカもすごくって。それでも、ほかの人にはぜんぜん目がいかなかったんです。
それはなんていうか…一度彼みたいな人と一緒にいると、甘く見えちゃうんです、ほかの人が。私が言えることでもないんですけれど、でもほかの人の生き方が甘く見えてきて。私はわりとぼーっとしているところがあるし、彼の生活環境とか親との会話とか、カルチャーショックというかすごくびっくりすることも多かったけど、だからと言って軽蔑はしないんです、それで人のことを。もちろん本当はもっと旅行とか、したいこともいっぱいあったけど、彼にはお金がなかったから。だから公園行ったり、海で遊んだり、そこでコンビニのおにぎり食べたりマック食べたりして。それでも私…彼と会っているときはいつでも頭の中がお花畑みたいになっていて、一緒にいられて嬉しいなあ、って。だからぜんぜん嫌じゃなかったんです。仕事をしていても彼は今なにしてるのかな、ってしょっちゅう思っていましたし。

それでもやっぱりずーっと淋しかったんです。会える時間が本当に少なかったから。それにバイトを昼夜合わせて3つくらい掛け持ちするなかで、浮気もちょこちょこあったんですね。でもなんだか能天気な話なんですけど、浮気相手はすぐに変わるけど私とはずっと一緒にいて好きでいてくれるから、やっぱり私が彼にとっての本命なんだ!なんて思い込んでいたんですよね。でも旦那さんが就職して2年目くらいのときに、別れよう、って言われたんです。ああ、本気で好きになる女の人が現れたんだ、って。でも別れたくない、って拒絶してたら半年くらい二股の状態が続いて…そのうち、別れよう、って会うたびに言われるようになっちゃって。やっぱりダメなんだ、と思って諦めました。
最後別れるときも結局言い合いみたいになって…それでなんだか一気にガタっときて、働けなくなってしまって。元からもう仕事が嫌になっていたのもあったんですね。だから勢いで会社を辞めちゃったんです。それで気がついたら仕事もないし、恋愛もダメになったし、今までがんばってきたものが一気にぜんぶなくなって、ちょっと起き上がれなくなっちゃったんです、半年間くらい。それでも実家だったからゆっくり休むことができたのもあって、その後新しく契約社員で働くことが決まりました。そうしたら勤務先がすごく雰囲気のいい会社だったんです。そこの人たちに優しくしてもらって、2年くらいかけて持ち直したという感じです。
恋愛に関してももう前を向こう、と思って、ガツガツ声かけてくる人と付き合ったりしたけど、誰ひとりうまくいかなかった。でもそれはこう…ガツガツした元気のいい男の人なら暗いところから私を救い出してくれる、っていう気持ちがどこかにあったからだと思います。だから飛び込んだはいいけど、私の心に訴えかけてくれるものがない。そんなことを何回かくり返しているうちに、旦那さんとの恋愛はやっぱりよかったな、と思ったんです。またあんなふうに誰かと心を開いて思い合える恋がしたい、って。よりを戻したいという気持ちは…彼は海外赴任になっていて、もういなくなっちゃっていたんですね。連絡先も知らないし。だからそんな気持ちももうなくなっていました。それに本当は…もっと優しくて包容力がある人がいいな、って当時から思っていたんです。でもそういう人は私のところには近づいてきてくれないんですよね、まったく。
お母さんからのプレッシャーもすごかったから結婚相談所に行ったりもしたんですけど、今みたいにアプリがあるわけじゃないし、ぜんぜんいい人なんていないんです。それでなんだかもうつまんなくなっちゃって、開き直ってサーフィンしに行ったり、テニスサークルに入ったりし始めたんです。そこで彼氏とか、そういうことを意識せずにいろんな人と出会ったら、みんなすごく人として尊敬できるというか、仕事も充実させてて、素敵な人がたくさんいて。あ、こういう自立した生き方もいいのかも、って思ったんです。そうしたらなんだか急に仕事ができるようになって、おもしろくなってきたんですよね。本気で集中できるようになったというか。私けっこう仕事好きだったんじゃん、って。じゃあ別に結婚しなくてもいいのかも、なんて思うようになったんです。

そうして仕事をがんばり出して、周りにいい人たちもいて、海に入るのも楽しいし、景色を見てきれいだなあ、みたいに、何年かぶりに思えるようになって。そういう生活を送れるようになったところで、年末のある日、知らない番号から家に電話がかかってきたんです。お父さんが取って、あれ、久しぶりだね、って話しているのを聞いて。それで電話を代わったら旦那さんで、びっくりしました。お父さんからは電話だよ、って苗字を言われていたけれど、誰?って。苗字を聞いても分からなかった。それくらい、すっかり忘れちゃっていたんです。別れてから5年近く経っていたし、最初の2年くらいはずっと泣きながら暮らして「復縁」とかで一生懸命検索したりしてたけど、たぶんそこでわーっと感情を出し切ってるんでしょうね。忘れるとなると早いんです。そして1回忘れちゃったら、もう思い出さない。
それで一度ご飯でも食べない?って彼に電話口で誘われたんですけど、うーん、どうしようかな?と思って。ボーナス出たからなにかおいしいものご馳走してあげるよ、って言われて、私契約社員でボーナスなかったから、あ、じゃあ行こうかな、みたいな感じで。だから突然電話をもらって気持ちがぐらっとしたとか、そういうのはぜんぜんなかったです。会う前に緊張は…ちょっとはしたのかな?それで久しぶりに会って、でも今度は逆に不思議で、なんだか懐かしい感じがまったくしなくて。それに話していてドキドキもしないんです、もう。だから恋じゃない、だけど、うーん…なにかが残ったのかな。帰るときには、昔はぜんぜんご馳走なんてしてくれなかったから、まあちょっとでも取り返せたかな、くらいにしか思わなかったんですね。
そうしたら翌週にまた、明日会える?って連絡がきて。彼氏もいないし、いいよ、って今度は焼肉に行って。結局それで3回ごはんに行って、3回目のときに結婚したいからお父さんとお母さんにあいさつに行くよ、って言われたんです。え?結婚?ってびっくりして。もう一度付き合って、じゃなくて結婚の話がもう出た!みたいな。どうしよう、と思って、その場ではただ「えーっ⁉」としか言えなくて。さすがにすぐには決断できなかったんです。
それでも結婚願望はあったから、彼と結婚できる、っていうんじゃなく、結婚ができる!って思ったら嬉しくなって。仕事辞められるの?っていうのもあったし。仕事は当時がんばっていたしおもしろくもあったけど、でもどこかで思っていたのが、周りが、本当に優秀な人たちばかりだったんです。ぜんぜん違うんですよね、話してても、自分とはやっぱり違う。この人たちみたいにはたぶん私はなれない、ってどこかでずっと感じていたんだと思います。だから今キャパ的には正直無理して働いているけれど、自分がここまで来られたということが、けっこう嬉しかったんだ、私、って気がついたんです。だから彼と結婚できるんだったら専業主婦にもなれるのかも、とも思いました。ただ仕事自体を辞めるつもりはなかったけど、お母さん喜ぶだろうな、でも彼とだったらやっぱり嫌がるだろうな、とか、いろんなことを考えていました。

そうやって迷いながらも4回目のデートに行ったとき、たまたまチャペルの近くを通りかかったんです。それでふらっと入ってチャペルの人に話を聞いていたら、6月のキャンセルが急に出たので空きがありますよ、って言われて。あ、それならここで式します、ってそこで旦那さんが言ったんですよ。え?待って、私OKしてないけど?ってまたびっくりして。それが4月のはじめだったから、2か月後?みたいな。まだ親にもあいさつしてないし、なにより私結婚するって言ってないんですよ。再会してからも3か月くらいしか経ってなくて。え、本当に?って言ったんですけど、結局流れでウエディングドレスの試着までしました、その日に。
だけどどうしようかなあって、ずーっと迷ったままだったんです。式場でドレスの試着までしちゃって、完全に流されてる、私、って。でも、突っぱねるのももったいなかったんです。気心が知れてるし、違和感がないからずっと一緒にいられるし。それに5年の月日が経って思ったのは、人の話がきちんと聞ける人になってるな、って。前とはぜんぜん違う。私がちょっと気に障るようなことを言っても冗談で返してくれたり、聞き流してくれたり。あ、成長したな、って思いました。だけどすごく好き、とは思わなかったんです、もう。前の彼のほうがすごく好きだった。でもそれは若かったからなんですよね。だから自分にそう言い聞かせて結婚しました。すごく好きだから戻れたんじゃないんです。そんな気持ちがあったから、なんとなくこう、お見合いで結婚しちゃったような感じもあって。向こうが気に入ってくれたから結婚した、っていうような。
それで結婚したものの…旦那さん、やっぱり帰って来なかったんです。結局酒癖とか浮気癖とか悪いままで、独身のときと同じようにお金も使っちゃうし。それに結婚して気が緩んだからか、また私にキレるようにもなってきたし。やっぱりぜんぜん変わってないんじゃない!ってケンカになって、夜中に泣きながら家を飛び出して実家に電話したりして。この結婚失敗だったのかもなあ、ってちょっと思ってたんですね。そんなことがあるとお母さんは、もう離婚して帰ってきなさい、って一緒に感情的になるんだけど、お父さんはそれはお前がいけない、って、言うんです。そういう人と結婚したんだったらそういう人を受け容れられる奥さんじゃないとダメじゃないか、って。結婚するときも、彼の親がなんかこう、私からしたら非常識なところが本当にたくさんあって、嫌だなって言っていたら、お前が今感じているその感情は彼が子どもの頃からずっと感じていたものだから、そういう人と結婚するということは、今まで以上に、ほかの誰よりもお前が彼のことを幸せにしてあげなさい、って言われたんです。だから私はずっと結婚を迷っていたけれど、お父さんに取り持ってもらったという感じがあります。お父さんは世の中をきちんと公平に見る人だったし、あとは…たぶんすごく魅力を感じていたんじゃないかな、旦那さんに。だからお父さんと私は感覚が近いのかもしれません。小さい頃からあなたはお父さんに似てる、ってお母さんにも言われていたし。

それでも旦那さんとはそんなふうにケンカばっかりで、どうしよう、このままだと離婚になっちゃうかも、と思って、がんばって子どもをつくりました。結婚1年ちょっとで上の子が生まれて、そうしたら旦那さん、豹変したんです。本当に変わりました。子どもは好きじゃないからいらない、ってもともとは言ってたんですね。だけど私は最初に付き合っていた10代の頃から、この人はものすごくいい父親になる、って思っていたんです。なにかきっかけがあったわけでもないんですけど、一緒にいて、この人なんだか私の理想の父親像に近いな、ってなんとなく感じていて。それで子どもが生まれたら、やっぱり当たってました。子どもがすごく好きで、一緒に遊ぶのも上手だし、本当にいい父親で。前はタバコもたくさん吸っていて私が妊娠してもやめなかったのに、生まれた子を抱っこしたときから、今日でタバコやめる、って言って、それから1本も吸っていない。浮気ももうないし。子どもが生まれて決まったんじゃないかな、自分はこれで行くんだ、って。決められないうちはね、やっぱりフラフラするけど、そうと決めたら意思が強いし、貫ける人だから。だから私は本当に子どもに助けられたなと思います。彼がいい父親になるっていう予感も…なんだったんでしょう。それとも、ものごとが信じている方に流れるのかな?どっちなんでしょうね。
それでつい最近も急に、転職するから、って言われてびっくりしたんですよ!え、誰が?どこに?みたいな。しかも新しい会社に契約書を出しに行く30分前くらいに言われて。初出社はもう来週です。今いるのは新卒から勤めていた会社で、だからもう20年。大手で、でも古い体質が残る会社でもあったから、見ていていろいろとキツそうではあったんです。前々から声をかけてもらっていた会社も別であったらしいんですけど、それこそ決め手がなかったんでしょうね。少し前に今の会社の社長が変わって、それが決定的だったみたいです。そんなときに新しく見つけた会社に飛びついて。よっぽど行きたかったんだと思います。自分から動いてそれで採ってもらえることになったから、即決ですよね。すごく嬉しかったみたいです。だからよかったなあ、って思います。

(2022年10月)



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