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#12 桜ノ宮公園の亀観察

思い返してみれば、今年、職場の次に多く行った場所は、家の目の前にある桜ノ宮公園である。私はそこで、くる日もくる日も亀を見続けた時期があった。

桜ノ宮公園と大川

私が大阪市内に引っ越してきたのは今年の2月。引っ越して間もない3月末頃、外出自粛ということが言われ始めるようになった。だから大阪に住み始めてから、私の外出先はもっぱら桜ノ宮公園となった。

桜ノ宮公園を散歩しはじめて1ヶ月ほど経った頃、私はあることに気がついた。見るタイミングによって、川の水位が明らかに違うのである。在宅勤務の間、毎朝決まった時間に散歩をしていたのだが、水位は毎日同じくらいにみえた。でも夕方、スーパーに買い出しに行くときに川を渡ると、明らかに朝より水が少ない日があった。時には川の大部分が干上がっている。わずかに水が残っている場所も、川底がはっきりと見えた。そして私は、川が汽水であることに気がついた。

桜ノ宮公園では毎日、大阪のおっちゃんが誰かしら釣りをしている。「よっしゃ、今日も釣ったるで!」という気合でいっぱいの重装備の自転車をお伴に、一日中、誰かしらが釣りをしている。はじめ、私は鯉でも釣っているのかと思った。でも、汽水に鯉はいるのだろうか。汽水にはどんな魚がいるのだろう。考えたこともなかった。

答えは夫が知っていた。汽水にはスズキやウナギがいる。スズキのことはシーバスともいう。バスは淡水魚だ。でもスズキは汽水に生息する。だから海のシーがついてシーバス。へー。夫は食べ物のことはなんでも知っている。それにしても、梅田から3キロと離れていない場所でとれる魚がおいしいとは思えない。

ミシシッピアカミミガメ

公園を散歩し続けると、さらにわかったことがある。毎朝同じだと思っていた水位は、日によって違うのである。これは、公園内の大川支流に住む亀の観察をしている中で気がついた。

桜ノ宮公園には大量のミドリガメが生息している。ミドリガメとは知る人ぞ知る悪名高き外来種、かのミシシッピアカミミガメである。スズキがシーバスなことは知らないくせに、ミドリガメがミシシッピアカミミガメなことはなぜか知っていた。

知っている人も多いと思うが、このミシシッピアカミミガメはかなり悪者扱いされている。環境省によれば、2015年から緊急対策外来種に指定されているという。

アカミミガメの問題点
□野外での繁殖確認事例の増加や、在来水生植物の食害、在来種ニホンイシガメへの影響、農業・水産業等への被害の知見が集積され、2015年3月に環境省及び農林水産省が作成した「生態系被害防止外来種リスト」において、「緊急対策外来種」に位置づけられた。
□現在アカミミガメは都市部を中心とした水辺環境に蔓延し、きわめて身近な生き物となっている一方で、自然度の高い地域にも侵入し地域の生態系に影響を及ぼしつつあるなど、外来種問題を考える上で象徴的な存在となっている。
出典:環境省自然環境局「日本の外来種対策」https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/attention/akamimi.html

ミシシッピアカミミガメは、日本生態における悪者である。それは深刻な問題だ。

だけどそんなミシシッピアカミミガメにも、いいところはある。彼らの存在は、行き交う人々をなごましているのだ。その証拠に、私は一時期(緊急事態宣言中)ミシシッピアカミミガメに激しく執着した。私は亀を見つけるたびに足を止めるので、そのときまだ恋人だった夫は「愛ちゃん亀禁止」と言った。

でも、亀になごまされていたのは何も私だけではない。桜ノ宮駅を降りてすぐ、大川を見下ろせる源八橋がかかっている。源八橋から川を覗き込むと、亀が泳いでいるのが見えることがある。橋から身を乗り出して、ミシシッピアカミミガメの泳ぐ姿を覗き込む。



わざわざ足を止めてそんなことをする大人は、なんと他にもいた。しかも、結構いた。大人がこぞって亀を眺める姿は、実に平和だ。暇である。今年はみんな娯楽に飢えていたんだろう。

ミシシッピアカミミガメの日光浴

ミシシッピアカミミガメを一番愛でることができたのは春夏シーズンだ。つまり、ちょうど緊急事態宣言の時期である。

朝、桜ノ宮公園を通ると、大量のミシシッピアカミミガメが甲羅干しの日光浴をしているシーンに遭遇する。あまりに亀人口が多いので、この光景はちょっとした見ものだ。時間は8時半から9時くらいだろうか。9時を過ぎると亀人口は激減する。8時半より前は定かではない。それ以上早起きできなかったからだ。いずれにせよ、8時半から9時の間に行くと、日光浴中の亀にたくさん出会える。

その具体的数は、目算だが一番多かった日で80匹くらいはいたと思う。「大量」とか「たくさん」は誇張ではない。

写真を撮ろうとそーっと近づくと、亀たちは鋭く気配を感じて川にどぼんと雲隠れする。普段どんくさい亀にこんな瞬発力があったとは驚きだ。そしてしばらくすると、また乾いたアスファルトの上に這い上がってくる。人間がまだそこで亀を監視しているとも気がつかずに。賢いのか愚かなのか。

桜ノ宮公園歴が3ヶ月に達する頃、私は亀に出会えないのは新月と満月の前後であることに気がついた。川の潮が満ちているのである。水位が高くて、日光浴スポットは水面下に沈んでしまう。このとき、泳いでいる亀にも出会うのは稀だ。

私はいつの間にか、亀の観察に「大阪市大川に棲息するミシシッピアカミミガメの生態〜干満差による行動変化」という研究名をつけていた。論文検索サイトCiNiiで検索したらきっとこんな論文あると思う。まだ検索したことないけれど。それくらい、一時半ば本気で、政治学者ではなく生物学者に転向しようか考えた。外出自粛の精神的影響には恐ろしいものがある。

だが、私のミシシッピアカミミガメ観察は突然幕を閉じた。在宅勤務が終わってしまったのである。勤務先の専門学校は、大阪府教育庁の方針に従い、6月から通常通りの対面授業が再開された。出勤は桜ノ宮公園と逆方向である。いつの間にか仕事に忙殺されて、すっかり亀から遠のいた。朝行くことはなくなり、日光浴姿も久しく見ていない。夏も秋も時々公園を散歩していたが、前ほど足を止めなくなった。

だが最近、また変化に気がついた。亀がいないのである。代わりに公園を占拠しているのは、シベリアから南下してきたと思われるカモである。夏までは3羽(2羽が仲良しで、1羽は一匹狼)しかいなかったのに、いつの間にかカモが大量発生している。私が見たいのは、カモではなくカメなのに。

でもどの時間帯に行っても、どの月齢時に行っても、ミシシッピアカミミガメには会うことはない。ここまで頑なにいないということは、彼らは冬眠しているということだろう。私は、亀が冬眠することを知らなかった。というか、そんなこと考えたこともなかった。この公園には、あんなにたくさんのミシシッピアカミミガメがいる。私が出会ったミシシッピアカミミガメは、おそらく桜ノ宮公園における全亀人口のごく一部に過ぎないだろう。彼らは一体どこで冬眠しているのだろうか。土の中なのか。それは水中の土か、陸地の土か。新たな疑問が湧いてくる。

早く亀に会いたい🐢

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