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パリ 25ans

10 aout,  6pm, a la Villette,

「ヴィレットで野外映画をやるから見に行かない?ピクニックみたいで楽しいよ」8月は日が長いから、日没後の上映はかなり遅く21時に待ち合わせになった。時間があったので、小さなハンバーグと、卵焼きと、りんごをウサギの形に切って、お弁当を作った。ヴィレットの入口で待っていたが、広場にどんどん人が増えて、不安になり携帯にかけたが繋がらない。しばらくして Yuanが会場の奥から走ってくるのが見えた。
「ごめん、駅の出口間違えて」「・・会えないかと思った」「行こう、もう始まっちゃう」ヴィレットの広いサッカー場のような芝生に、巨大なスクリーンが設置されていた。簡易テーブルの上に料理を並べて、ワインを飲みながら盛り上がっているグループ、持参のデッキチェアを並べているグループ。芝生に思い思いに座ったり、寝転がったりしている人を何十人と乗り越え、彼は真ん中のわずかな隙間に敷物をひいた。照明が消えて、もたもたしていると、後ろから邪魔だと注意された。あわてて座り、私はリュックからハンカチ包みを出して彼に差し出した。「なに?」「お弁当、ピクニックって聞いたから。食べて」彼は目を大きく見開いて、「すごい!」ものすごく嬉しそうにキスして「憧れてたんだ、オベントウ。あとで食べるね」と大事そうにそっとカバンにしまうと、私を抱えたまま寝そべって、二人で巨大なスクリーンを見上げた。
映画はフランシス・コッポラ監督の「ドラキュラ」。風が出てきて、船のシーンは本当に嵐の中にいるみたいにスクリーンも揺れた。ロンドンの霧に包まれた湿り気を芝生の上に感じ、伯爵の青白い顔が暗い夜空に映し出されると不気味さが増した。何百年と時を越えて生きながらえ、生まれ変わり、再び出会い、幾重にも交差した人々が叶わなかった想いを遂げていく。ただすれ違う出会いもあれば、なぜか離れられない出会いがある。出会った瞬間から気になり、もっと知りたいと思ったり、ずっと一緒にいたいと感じたり、まるであらかじめ決まっていたような出会い。それは、好きとか嫌いとかいって、ただ寄りかかって期待して、甘えるだけではなく、一人の人間として、自分ではない他者と、本質的に分かち合いたいと思うような出会い。だからこそ、うまく伝わらず分かり合えないことは、身を切り裂かれるようにつらく怖いことでもあるけれど、誰かを本気で思うことで、大切なものが手渡され、自分の欲や恐れさえも超えていけるのは、それはとても素敵なことだと思った。
寒くなってきたので、彼の胸にぴったり顔を寄せると、鼓動がとくとくと心地よく響いてきた。どこか遠い場所で、この音を聞いたことがあるのかもしれないと思った。

映画の後、終電もなくなり、ヴィレットを出て幹線道路脇を歩いた。タクシーを拾うのかとおもったら、Yuanは一人反対車線の方へ渡り、右手を上げてヒッチハイクをして、止まった一台の古いセダン車のドライバーと話した。彼がこちらを指差すと、しょうがないという感じで、車を回してくれた。後部座席は丸刈りの男が3人座っていて、私たちは後ろの荷物置きみたいな狭いところに座った。後ろの3人はスキンヘッドで、「俺たち兵役中なんだ」と頭を撫でたが、「なんちゃって」と運転している青い髪の男と助手席の男が高い声で手を叩いて笑った。わけがわからず、不安げな私に気づいて、Yuanは大丈夫というようににっこり笑って頬にキスをした。どうやら彼らは陽気なゲイの仲間たちで、これからマレのクラブで一晩中踊るのだそうだ。彼らは途中のランビュット駅近くで降ろしてくれた。

見馴れたセバストポル大通りに来ると、ほっとした。
「やっぱり帰ろうかな。ノクターンバスまだ走ってるし」「どうして?」「明日、日蝕を友達と見る約束してて」「日蝕がはじまるのは昼からだろ?」「そうだけど」
アパルトマンについて、彼は入口のデジコードを押した。「もう遅いから、寝て、明日の朝帰ったら?」彼を見上げると、眠そうにあくびをした。私もあくびを噛み殺してうなずいた。

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