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「ある男」「Expats」

「ある男」2021
バーの壁に飾られた絵画。
重なる男の後ろ姿。
片田舎の文房具店。
不自然に泣く女。
神社の境内で遊ぶ子供。
スケッチする男。

病で幼い子を亡くし、実家に上の子と戻ってきた里枝。他所から林業をしにきた大祐と出会い、影はあるが痛みを分かち合える彼に惹かれ再婚する。
娘も生まれ幸せな家族の日常は、ある日の伐採事故で大祐が亡くなり再び影を帯びる。そして彼が別人の戸籍で生きていたことを知る。
物語は、身元調査を依頼した弁護士城戸に、夫であった男が「X」と呼ばれた時から大きく動き始める。
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「Expats」2024 amazon
「不幸な事故が起こると人は被害者に同情し、関心を持つ。加害者のことはあまり語られない。だけど、私は加害者のその人生の先に関心がある」
2014年香港に住む3人のアメリカ人女性。
夫の赴任で香港に来た3人の子の母マーガレット。
同じマンションに住むインド系アメリカ人のヒラリー。
マーガレットはある船上パーティで知り合った韓国系アメリカ人のマーシーと夜市にゆき、彼女が繋いだ手を離したために、末の子ガスが行方不明となる。
突然起こった事故のような失踪事件に、幸せを絵に描いたようなマーガレットの生活は一変する。
当日現場近くにいたヒラリーの夫は、マーガレットに関与を疑われ、過去のトラウマから加害者であるマーシーと関係を持つようになる。

故郷から遠い異国の地で起きた不幸な事件。家族とは、家とは、孤独とは?帝国主義の微かな名残と、アジア経済中心都市の華やかさと、デモが頻発し世情が変わりつつある2014年香港で、心の拠り所を求める様々な民族、様々な職業の人々の不安が浮き彫りになる。


たまたま、この二つの作品を続けてみた。
・幼い子供の喪失
・事件の加害者(その家族)の痛み
・異郷で生きることのあやふやさ
・事件をきっかけに浮かび上がる人の心の闇
・家族の崩壊と再生
どちらも重苦しいけど、みるのをやめられない作品だった。

人の心を最も蝕むのは罪悪感という。
幼い子供が亡くなる(失踪する)痛み、被害者となる痛み、加害者となる痛みは、周囲の人をも変えていく。
日常を装っても、非日常に身を置いても、痛みと共に生きられるほど、人は強くないのだ。
他者となることで、異郷の地に住むことでしか、癒されない痛みもある。

「ある男」の冒頭とラストに登場する絵画、ルネ・マグリットの『複製禁止』
男の後ろ姿と鏡に映る後ろ姿。
顔を映すはずの鏡に映る背中。この絵を覗き込んでいる自分にも広がる不安と虚無。
いるはずの人間がいない混乱。真実を追いかけようとすればするほど、その真相が見えなくなる。本当に知りたかったことが何かわからなくなってくる。

ある時点をきっかけに、未来が絶望へと変わってしまっても、過去の確かな幸せの記憶だけは変えられない。
「すべてがわかった今となっては、彼が誰だったのかはどうでもいい」という里枝の言葉と、香港の街を一人歩き続けるマーガレットが印象に残ります。




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