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6月の日記

6月1日
6月は確認と忍耐の月にする
(と決めていたが今こんなこと書いていたと思い出し急いで再確認する6月29日)
久しぶりに晴れて気分よく起きれた

べつに頑張らなくても良いのだと思うが
頑張りたいし必死になりたい、、、

6月2日
今日は台風の影響で雨になるみたい
久しぶりに大雨

今自分のできることの精度を上げて
仕事にしたい

どうしようもない焦りに駆られるなあ

6月4日
「怪物」を観た

正しいと思うことでも違う視点から見てみるとそれは正しくなかったりする
人は何かを信じて、それが正しいと思って生きてる。
けどそれが正しくなかったら、
信じられなくなったらどうするのだろう。

言葉というものは全てを語れない
でも言葉にならないと違和感だと感じる
それに葛藤する
本当は思うままに行動してもいいのかもしれない

最近言葉にならない関係性について考える

6月6日
だれにも理解されたくないと同時に
誰かに理解してほしいと思ってしまう

6月8日
「娘について」キム・ヘジンを読んだ

人には簡単に話せないようなどろどろして見せたくない感情を吐露していた
(自分の黒い気持ちをこんなにも言語化している作品は珍しい気がする、、)

娘と母について同一人格だと思ってしまうことについて考えさせられる
区別がつかなくなって、その差異に苦しんで、怒る
親子だけでなくどの関係性にも相手と自分を同一化して考えてしまう思考は働きやすい気がする

6月9日
帰り道電車に乗りながら‘嬉々とする姿’というのが文字とそれを体現する人が
なぜか頭に浮かんだ
なぜかその人は嬉々としながら踊っている
ああなんか楽しそう、、そう思いながら気づいたら最寄駅だった

6月12日
この社会は自助ばっかり、、
それは寂しくないか?

6月15日

“どこかに行きたい。そう熱望する
僕はどこかに行けるという自信が欲しい”

6月19日
なぜ人は人にこだわるのか

6月20日
自分の気持ちを話すことは大切だなあ、、
もっと自分がやりたいことやってみたい!

6月21日
今やってること全て捨てて
身一つでどこかへ行きたい

ああ、、、しがらみ、、、

6月23日
いつも聞く相談コーナーでなんだかなあと思ってしまったことがあった
相談者は初めに恋愛の相談だったので「自分は異性愛者で…」
と前置きをしていたで
様々なことを考えられる人なのだなと思った
その人に対し最終的に相手に「彼女とかいる?」と聞いてみちゃえとなったけど
それってどうなのかなって思った
相手が同性愛者だったら?相手を異性愛者と決めつけてしまうような言葉ではないのかなあ、、
その一言で相手を自分の型にはめて考えているような気がした

6月26日
両親2人とも50歳を超えた
どんどん死に近づいている

だんだんと誰かが消えてしまって
手を伸ばしても届かない

それを止めることはできないねえ

6月29日

“ずっと僕の中にあるもの
黒くて小さくて醜かったそれは
いつしか僕の大半を占めた
それは僕を苦しめていった
だけど僕はそれを認めて
生きなければならない”

6月30日
時々夢か現実がわからなくなる
あれ、あの出来事って現実だっけ?



いただいたサポートは活動のために使わせていただきます。今後服の制作やZineの製作などをしたいと思っています。