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私は何屋か? 3つのテーマからの考察

今日は仕事はじめ。今年は変わりたい。今年こそ。そんな思いとは裏腹に、2022年初日も怒涛のように過ぎてしまった…。明日はどこまでできるかな…

毎年、この時期は3月まで、めちゃめちゃ忙しい。業界を問わず、年度末まで駆け抜ける多くの人たちと同じように。

「今年は〇〇屋として、欲しいものが手に入る」としいたけさんに言われたふたご座の私。編集者という本業はあれど、地域活動だ、副業だと、あれこれ手を出し、顔を出し、言葉を口にし、活動の幅を広げてきた。そしてあっという間にもう40歳。果たして私は何屋なんだろう。今年は何を手に入れるんだろう。そんな私が自分を見つめなおしてみた、私なりの考察。

①「勉強するって悪くない」と思えるように学びを伝える

社会人のスタートは塾講師だった。熱血の先生たちが集まる学習塾。勉強できる子も、勉強が苦手な子もいる、普通の塾。いや、徹夜イベントがあるから、結構いっちゃってる? とにかく若い先生たちが熱い塾だった。

子どもとかかわるのが好きだった。学生時代から障害児と遊ぶサークルに属し、夏休みはキャンプリーダーとして費やし、かといって、学校の先生というキャラでもなかったので、一般企業を中心に、業界を問わず、就活してみた。でも、結果的に、学習塾を就職先として選んだ。

学ぶ、習うって、本当はすごく面白い。その醍醐味を塾の勉強でも伝えたいなぁ!

子どもたちと勉強する毎日はそれなりに面白かったし、先輩の先生や塾長から、大切なこともたくさん教わった。でも14時から始まる仕事。22時が定時で、日を回ることもしばしば…。2年経つ前に「これは10年後には身体が持たない…」と気づいて退職した。

その次に選んだのは編集記者の仕事だったけれど、不思議なもので、最初の就職から18年経った今、また縁あって、学習塾で子どもたちに勉強を教えている。しかも、最初の塾では英語と国語の講師だったのに、今は算数も担当している。私自身が学生の頃は算数も数学も、苦手意識が強かったけれど、人間、いざとなれば何とかなるものだ。もちろん、どこまで面白く、興味深く、教えられているかというと…それは全く自信がないのだけれど。

それでも、勉強を通して、子どもたちには達成感を得てほしいし、勉強する自分に自信を持ってほしいなと思って、日々、伝えている。だから私の仕事の一つは――「勉強するって悪くない」と思えるように学びを伝えること。たとえ親に強制された通塾だったとしても、勉強しようと思って来てくれる子どもたちを後悔させず、「来てよかった」「今日も自分、頑張った」と少しでも思ってもらえるように。明るく楽しく、知識を得るひとときを。

②その人が信じる世界が輝く言葉を紡ぐ

塾講師の次に選んだ編集記者の仕事。ご縁に恵まれ、最初はマスメディアの子会社で朝夕刊の編集執筆。次に鉄鋼専門紙の記者。そして労働と教育をテーマに制作する企画会社。編集記者の仕事は2022年で17年目に突入する。意外と長くやっているんだな…

マスメディアの子会社は、大企業が母体であるがゆえに、能力の高い人もたくさんいる中で、臆病な私はびくびくしながらも、芸能人にインタビューしたり全国紙の記事制作に携わったり、いろいろなチャンスをいただいた。

鉄鋼専門紙の取材は、大企業のメーカーから商社、問屋まで。品種別に担当制を敷かれ、独特の世界で話を聴いては日々、記事をあげる毎日。それまで一般の読者を相手に書いていた立場から、玄人向けの記事をいかに素人が書くか。業界の空気を読み、意図を慮り、市況を予測し…業界を熟知した社長や役員、部長といったおじさま方を相手に、時には酒の席を交え、若輩者の私が本音を引き出そうとするのは、なかなかにしんどい仕事ではあった。

今、勤めているのは「働く人を応援する」会社。企業の人材教育や社内報・会報誌、障害者の就活支援、労働組合などの分野で、紙やネットの発行物の制作をサポートしている。

今までたくさんの言葉を紡いできたけれど、どんな人にどれだけ伝えてこられただろうか…

どうしてこの仕事をずっと続けてきたのか。好奇心旺盛で、いろんな人の話を聴きたい。そして、聴いた話を言葉で伝えるのが得意だったから。話を聴いていると、「そこ、どうなっているんですか?」「これはどう? もしかしてこうなのかな?」と気になることがどんどん出てきて、共感力の高さも相まって、「なるほど、そうそう、こういうことですね…!」と心を揺さぶられながらも、わかりやすい言葉に置き換えて伝えることが、こんな私にもできるかもしれない。そう信じられる仕事を少しずつ積み重ねてきた。

「そうそう、言いたいのはそういうことだったんだよ」と、私の共感に、相手から共感を返していただいたときの快感といったら…! だから私の仕事の二つ目は――その人が信じる世界が輝く言葉を紡ぐこと。世の中にはなんて多様な想いが渦巻き、多様な感じ方や考え方があるのだろう。それを知るほどに、目を見開かれるような体感をしている。もっと知りたい。この世界の広さを。奥深さを。それを知るきっかけが、人の言葉にあると実感している。

③人本来の生理的な力を活かす出産の魅力と可能性を伝える

そして、私は15年前から母になった。3兄弟の母。他の誰にも代われない、私だけの役割。もともと自分の興味関心が強く、やりたいことをたくさん抱えている私にとって、母の役割は時に重荷でもあった。でも、やっぱり家族はかけがえのない存在。私の人生を支えてくれるし、毎日の暮らしを共にして、たとえそれが一時期だとしても、人生を一緒に歩む大切な存在だから、母として、もう一度、ちゃんとやり直してみようと、今ちょうど感じ始めたところだった。

4月にはわが家の3兄弟が小・中・高へ進学する。2021年はいろいろありすぎて、ひっちゃかめっちゃかになっちゃったけれど、もう一度、家族として、何とか形を整えようと、家族一丸となって、リスタートを切ろうとしているところ。2022年は家族最優先で、いろんなことを進めていきたい。

尊重される妊娠出産――家族のはじまりとして、とても幸せな体験になるはず

そんな私が、子どもたちの誕生をきっかけに教わった、妊娠出産の過ごし方。子どもの成長は大人の思い通りになんて全くいかない。子どもは一人ひとり、人格を持ち、1人の人として、成長スピードも成長過程も、その子によってまったく異なる。その子育ての親としての最初の入り口が、妊娠出産。親がまず尊重され、主体的に動くサポートの有無が、その後の子育てを大きく左右する。医療介入をできるだけ減らした自然分娩は、産む人の生理的な力を尊重し、本人と家族の価値観を尊重し、主体的な決断を促す。

だから、私は自然分娩にこだわりたい。人は本来、産む力、生まれる力を持っている。いのちの誕生には何が起こるかわからない。いのちの危機には医療介入が必要だけれど、本来は産む力、生まれる力を発揮するために、化学物質や人工的な技術、環境にまみれた毎日をできる限り、自然に身を任せられるように心身を整え、自然なお産の進行を待つことがどれだけ大切か。

助産師さんが寄り添う自然分娩を守りたい。未来の子どもたちにその環境を選択肢の一つとして残したい。だから、三つ目の仕事は――人本来の生理的な力を活かす出産の魅力と可能性を伝えること。助産師さんと二人三脚で。ドゥーラさんの力も借りて。このコロナ禍だからこそ、自然なお産の魅力と可能性を見直し、確実に次世代へ伝えていきたい。


結局、私は何屋なんだろうな。つらつらと連ねてきたけど、学ぶことは今でも大好きだし、思いを文字に綴ることも好きだし、3兄弟のかけがえのない母でありながら、地元の地域でみんなの母になれたらいいなぁと妄想している。まだ考察が足りない…。ここからは人の力も借りながら、自分を主観と客観の両方から見つめていけたらいいな。2022年、自分探求はまだまだ続く…。


安心して産み育てやすい社会を作るため、また社会全体で子育てを支援する仕組みを作るため、サポートいただけると嬉しいです。いただいたサポートは、あいのちの活動で使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。