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回り道したからわかることを大切にしたい

昨日は仕事をお休みして、義父の墓参りに行ってきた。今日は仕事で大きな挫折に直面した。どちらも私には大切な経験。実際の影響はこれから出てくるけど、ほぼ確実にそんな未来を予感している。

夫の言動に思い知る家族の在り方

義父の墓参りは、仕事がどうしても融通がきかないなら、夫には悪いけどパスするつもりだった。でもどうしても譲れない予定もなく、直前の有休申請も上司に許可をもらい、夫と次男と行くことができてよかった。

家族が大事。仕事は代わりがきくけど、家族の代理はできない。何度も何度も釘を刺され、痛い失敗を繰り返して、ようやくここまで漕ぎ着けた。墓参りに同行して、夫はとても喜んでくれた。顔を綻ばせ、何度も「ありがとう」と言っていた。大したことは何もできなかったけれど、やっぱり都合をつけて一緒に来ることが適正解だった。

素直に気持ちを言葉にできる夫に時々、純粋な尊敬の念を抱く。私は感じた想いもなかなか言葉にできないことがある。そこは同じ頑固な夫婦でも(汗)夫が一歩リードしていると認めよう。私は良くも悪くも、結構ドライで淡々としていることが多い。情動を素直に表現できる夫がちょっと羨ましい。

夫の期待に応えられないことも多々あった。言いたいことを言い合える関係の一方で、言葉足らず、想いも至らず、酷く傷つけて、もうダメだと思った日は数知れず…。そうして回り道を幾度となく重ねて、夫と私と子らの理想の家族の在り方を、それぞれの希望に折り合いをつけながら、今も模索し続けている。

昨日は穏やかな1日だった。また荒波の立つ日もきっとある。誠実さと純粋さの塊で、嘘偽りを憎み、一貫して正義に生きる夫に感心する日もあれば、あまりの頑なさに拒絶したくなる日もある。一喜一憂しながら、ちょっとずつ手探りで、お互いが「いいな」と思える勘所を磨いていきたい。

「やっぱり」からの Re : スタート

今日は仕事で酷評されて凹んだ。でもそうなることは、自分でも薄々気付いていたはずだ。見ない振りをして、危ういところをスルーして、モヤモヤを抱えたまま、力業でぶった斬って、ずっと突っ走ってきた。

至るべきところに到達して、逆に安堵している自分もいる。わからないことをわからないと言えなかった。何だか不安なまま、丸投げされた仕事を必死でこなしてきた。自分の性質もある。緻密なプラモデルを作るような仕事は得意ではない。得意じゃないことを無理して頑張ってきたから、当然の結果だ。

酷評が自分の内でも外でも「やっはり」という感想だったとしても、ここから始まる一歩を大切にしたい。何度だって仕切り直せばいいんだ。遅すぎるかどうかは自分で決めたらいい。その人にはその人ならではのタイミングがある。そこは腹を括って受け入れるしかない。

遠回りにも程がある。でもそう、何度だって思い知るんだ。私は器用なようで不器用。優秀ぶって、失敗や失態から学ぶ人。痛い目見て、痛みを知り、だからこそ人の痛みに共感する。一筋縄じゃいかない人生を地で行く。そんな私が今年はどう次の歩みを踏み出すか。まずは自分との対話を大切にしたい。そこから人への言動を紡ぎ出したい。

痛いなぁ、恥ずかしいなぁと、小心者らしく、格好悪い姿も自分で認めながら、本当に大切にしたいことを大切にできる私でいたい。明日は一粒万倍日&虎の日🐯&天赦日とか。まずは身近な人を大切にできる私でいよう。

安心して産み育てやすい社会を作るため、また社会全体で子育てを支援する仕組みを作るため、サポートいただけると嬉しいです。いただいたサポートは、あいのちの活動で使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。