「モバイル」に暮らすということ #3:デトロイトの新しいスターター・ホーム

デトロイトの新しいスターター・ホーム(デトロイト、ミシガン)

 まずは一番わかりやすいデトロイトの例を紹介したい。(記事:Detroit's new starter home)

 ひとりの女性ーReverend Faith Fowerーが始めた、このタイニーハウスのコミュニティは、年収約100万円に満たない人でも、家を買うことができるようになっている。現在はひとつひとつデザインの異なる25棟の家があり、13棟は建設中。7人の、24歳から74歳までの住人がいる。一ヶ月の家賃は325ドル。日本円で約35,000円ほどだ。ここはアメリカで最初の低所得者向けタイニーハウスコミュニティとなる。

 ムービーは、彼女がなぜこのプロジェクトを始めたのかからはじまる。
 Faithの母親が亡くなった時、彼女にはいくらかの遺産が残された。彼女が「もしこれが貧しい家庭であったら、残された者に残るものは何もないのだ」と気づいたのは、この時だった。これをきっかけに、貧しい人々へのセーフティネットを提供する手段を探し始める。

 低所得層は、ほとんどが担保にするような財産がないため、銀行から借り入れを行って住居を購入することもできないし、返済をまかなうことも難しい。タイニーハウスを提供するということは、「経済的なはしご」を登るためのひとつの手段である、と彼女は語る。そして、「アメリカンドリーム」を掴むチャンスを与えている。

 デトロイトはかつて自動車産業で大変栄えたまちだが、現在はその衰退により、寂れたまちの代名詞のようになってしまった。実際、貧困率は約36%と、アメリカで最悪の数字となっている。もちろん、ホームレスは重大な問題だ。その中には、男性、女性、子どもも含まれる。廃墟となった空き家も多い。一方で、同じデトロイトの中にはBoston Edison Historic Districtのように豪邸が集まる住宅地もあり、とても対称的な姿を見せている。「このまちにはかなりの格差がある」と彼女は言う。

「経済的なはしごを登る」システム

 一方で、デトロイトには何かをするための十分な土地が残っている。彼女はそれをチャンスだと捉える。そこで彼女がはじめたのがCass Community Social ServicesというNPOだ。

 驚くべきは、そこに投入される資源だ。材料は寄付によるものが多く、建設には多くのボランティアが関わっている。学校や教会、会社員、そして内装屋や電気屋まで、多くの才能が手を差し伸べている。家はひとつにつき23~37㎡、1㎡あたりのコストは約1,000円と破格である。家賃は月に$250(約27,000円)~$400(約43,000円)と、かなりAffordableである。

 家を所有するまでのからくりは、車の「乗るだけセット」ならぬ「住むだけセット」のようである。支払った家賃の中から、住居の値段が積み上げられ、7年後には所有することができる。その秘密は最初に家を売る値段を少し高く設定することにある、と言っているが、これは家の建設費用を月割にしたものに多少上乗せした金額を徴収しているという意味かと思う。NGOは、家賃として支払われたお金を、彼らの税金や水道、保険、セキュリティシステムに使用する。7年家賃を払い続ければ、家を手に入れることができ、そしてきちんと残った金融的な記録があることにより、経済的な信用も手に入れることができる。家賃は家を持つために使用されているのみではなく、「家賃を払っている」という金融的な記録(Financial History)をつみあげていることになる、という。

 ここが少しわかりにくいかも知れないが、例えば月々の水道料金などを遅延なく一定期間支払っていることは、銀行のローン借り入れなどの際に信用の一部となる。もちろん家を持っていれば、財産があるとみなされ、社会的な信用が増す。言うまでもなく、ホームレスであるより安定的な雇用に就くことのできる可能性は高くなるだろう。

 まとめると、かなり安価で(おそらく間取りや組み立てもシンプルな)家をつくることで、住宅価格を抑え、家賃を抑える。月々の支払いから積み立て、そして公共料金を支払うことにより、個人の金融記録を残し、社会的な信用も積み立てる。そうして手に入れた家と信用を踏み台に、よりよい環境へ移る手助けをしているのだ。

コミュニティの運営を可能にする

 しかし、この人々が途中で職を失ったり、特にできる仕事がなければ、月々の支払いも滞ってしまうことは安易に予想できる。そうならないよう、このコミュニティではCass’ Community Servicesと直接連携して、食事(栄養)の提供プログラム、ヘルスケアのプログラム、そして職業訓練/雇用も提供している。最終的な目標は、人々の生活を向上させることにあるのだ。

 コミュニティの住人は、月に8時間のボランティアを義務付けられている。コミュニティの売店で働いたり、自分の技能を活かしたり、掃除をしたりしている人の姿が動画から見える。

経済的な流動性=Economic Mobility

 ホームレスだからといって、働けないわけではないし、仕事をもつホームレスもいる。そして、動画に出てくる男性のように、突然社会的な後ろ盾を失うこともある。生活を立直したいとき、もっているベースが少ないと、いくら本人の努力があったとしても、手に入れられないものはある。

 この例では、家を提供することが、主に低所得の人々の生活を向上し、健康的で安定した暮らしを手に入れるための1つの手段なのであることを伝えてくれる。彼らにはとにかく「屋根」があれば良いわけではない。福祉的な援助と組み合わせることにより、彼らに欠けていた社会的な信用や、コミュニティ内での役割を補いうことができるのだ。かんたんな家だからといって、無愛想なつくりでないことも、アメリカらしいと思う。彼らを人間らしく、相応な扱いをすることで、社会の一員であり、ある程度の水準の暮らしをする権利があることをも強く発信している。単なる「安価な」家を売る以上に、人間とその生活を支えるしくみがここにはある。

 「スターターホーム」という名のとおり、ここがスタート地点となる人向けのプログラムである。このプログラムを「踏み台にして」次に移ることが前提で、おそらくこのTiny Houseに同じ住人がいつまでも住むことは想定されていないように思われる。家を手に入れ、職能や経済的な信用を積み立てた後、彼らはおそらくその家を売り、よりよい雇用先を求め、次の場所へ移っていくのだろう。それはまさに「経済的なはしご」を登ることである。

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