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なぜ 息子は隔離されたか!?

横浜市で現在注意喚起している「咽頭結膜熱(通称:プール熱)」の流行。

「咽頭結膜熱」をちょっと調べたら、

『発熱、咽頭炎、眼症状を主とする小児の急性ウイルス性感染症であり、数種の型のアデノウイルスによる。夏期(小規模だた冬期)に地域で流行することもあり、小規模アウトブレイクとしても、散発的にも発生する。』

何を言っているのか、まったくわからない。


お姉ちゃんと年子のおとうと

私には子供が2人いる。お姉ちゃんと年子のおとうと。

この息子、どうしたらこんなにいろんな病気にかかるんだろう、と思うくらい、病気の宝庫。男の子は本当に体が弱い。いやいや、これは異常なんじゃないか?と思うくらい、しょっちゅう熱を出し、鼻は垂れ、1年の中で、元気な日は何日あるの?って感じ。

嘔吐といえば、滝を連想させる。水しぶきをあげながら大量の水が落ちてくるような、まさに「マーライオン」。立ち上がって嘔吐する。それも布団の上に。


ひきつけ

何回か救急車のお世話になった。一番ひどいときは顔色はどう表現したらいいかな、赤黒いとも、土気色とも灰色ともいえるような顔色で、かろうじて息はしているが、もうすぐいなくなっちゃうかもしれないって感じ。

その日もすぐに小児科のある総合病院に運ばれたが、けいれんがひどく、急遽、脳のCTを撮ることになった。

けいれんでひきつり、持ち上がっていってしまう腕と体を、テープでぐるぐるに巻かれて、機械の中に吸い込まれていった。


結果は、脳には異常がない、との診断にホッとした。

が、意識がないままの入院。 私は極度の緊張でかなり疲れていたが、娘を迎えに行くため、保育園に向かった。


いろいろな処置をしていただき、2日目は必死に戦っている様子を見て「また、明日来るね。」 こくん、とうなづく姿を見て、後ろ髪をひかれる思いで病院をあとにした。

そして、3日目、起きられるようになったら「えっ?ここはどこ?  この白いの来ている人たち誰?  なんで、おかーさんいないの?  知らない人ばっかりじゃん!!!」のパニック状態になったらしい。

病院も相当に困るくらい泣き叫び、暴れだし、病院のベッドの柵はどんどん高くなり、迎えに行ったときには彼は檻(おり)に入れられてる状態。

牢屋に入れられ、柵を両手でつかみ、腕と体を前後に激しく動かし、すべてを壊して、あわよくば逃げようとしている。

「出してくれ~、俺は何も悪いことしてないよ~」そう泣き叫ぶ彼がいる。


「この状態ではもう無理です。治療はまだ必要ですが、連れて帰ってください。ほかの子にも迷惑です。」
そして、あっという間の強制送還、私はまたしても数日間、仕事を休むことになる。

今 こうやって思い出しながら、こんな言葉で表しているけど、あの頃、どれくらいの怒りや焦り。 そして誰も助けてくれない、っていう孤独感を持っていたか、それでも頑張っていた自分がいたことに改めて気づく。

しかし、つらい記憶ほど、どんどんとそぎ落とされて、なんともあいまいな記憶になっていく。まさに記憶は書き換えられるのだ。

咽頭結膜熱

2~3歳ころだったと思う。

「熱が出始めました。お迎えお願いします」と、いつもの電話連絡。

またしても、早退して、病院に連れて行き、診断は「これは咽頭結膜熱ですね。」

そこで、先生(お医者さん)!

『保育園に連れて行ってはダメですよ!!! 咽頭結膜熱は「感染症」のひとつですから。登園禁止ですよ。』っていう一言が欲しかった。(また人のせいにしている)

そう、無知な母親がここにいる。

眼が充血して、「目やに」が出ているが、病名の中に「結膜炎」みたいな名前があるから、ちょっと熱が出て、目が充血する風邪の一種だと軽く思っていた。

だから、よく調べもしないで、また保育園内で流行っている情報もなかったし、熱も高くなかったので、次の日保育園に連れて行きました。ちゃんと保母さんとの連絡ノートには「咽頭結膜熱」って、記入してね。

その後、数時間して、園長から電話が来た。いつもなら担任の先生からなのに、おかしいぞ。

『「伝染病」の子供を登園されるなんて、なんて非常識な親だ!!! 今すぐ迎えに来ーーーーい!!!』

電話越しにこんなに怒鳴られて、罵声を浴びせられて、何が何だかわからないが、またしても職場に、すみません、早退させてください、とお願いし、慌てて車を走らせた。

保育園は無認可の私営の保育園。

自宅のビル、5階建ての下2階を保育園として使用し、ビルの裏側にあった小さな公園を園児たちの遊び場として使っている。

その公園の横に車を止めた。いつも出入りをする公園側の入り口。昼間は締まっているので、表の玄関へ回る。

お迎えに行った時間はお昼前の先生方もお忙しい時間。

申し訳ないな、と思いながら声をかけると、少し嫌そうな顔をされたが、
「〇〇ちゃんは、3階にいます」

3階? そこは園長の自宅のはず。

3階まで階段を上り、大きな声で「お迎えに来ました。」

鬼の形相の園長が出てきて、どうしたらこんな汚い言葉がシャワーのようにあふれ出し、それを発することができるんだろう。

今となってはどんな言葉を言われたかも記憶から抹消されているが、かなりひどい言葉だったと思う。

そして、「息子はどこにいますか?」
「そこに隔離してある!」
「えっ?何?隔離? 園長宅にいるなら、ほかの子供と一緒にいないのはわかるが、隔離?」

そして、指をさされたところに向かうと、中からは開かないように外から鍵をかけたお風呂場。

慌てて鍵を外し、ドアをガチャンと開ける。

中には泣きつかれてぐったりしている息子。

こんなことが保育園で起こっていいのか!

確かに私の知識のなさにより、明日から「咽頭結膜熱」が流行ってしまうかもしれない。しかし、この仕打ちはないだろう。

こんな小さいこどもを狭いところに閉じ込めて、あげくに鍵まで閉めて。

今だったら虐待で訴えられるぞ。

また別の頭では、この保育園にどれくらいお金を払ってきたか、とか、園長には貢物をそっとしていたのに、などといろんな思いが一気に頭の中をぐるぐるした。

表の顔と裏の顔、イイひとぶっている仮面の下が見え、唖然、愕然、脱力感。

そして、この人が保育園をワンマンで経営している園長。

人ってこんなものなのか、一気に人間不信に陥る。

そして、今思い出しても、なんとも言い難い感情がよみがえる。


その後、保育園で「咽頭結膜熱」が流行ったという話も聞かず、(だいたいね、一緒に暮らしている娘にかからないんだから)、何事もなかったように保育園は稼働し、そして私は次の保育園を探し始めた。


年度途中での転園は絶対に無理と、行政からの返答。「転園希望の理由はこれこれです」と伝えてもダメの一点張り。

途方に暮れた私は、どれだけ困っているかを、職場に時々いらっしゃるご婦人に話した。

近くの保育園の園長先生と知り合いだから、ダメもとで問い合わせしてみましょうか? との申し出。 またしても女神さまが現れる。

昔からのお知り合いということもあって、市の認可保育園に異例な形で入園させてもらえた。「ただし、補助金が出ないので、全額ご負担いただきます。」  はい、何が何でも捻出いたします。

でも、来年の4月からは正規の手続きで入園してくださいね。 自然と頬につーっと涙が流れた。本当にありがたかった。

そして、年明けの1月から通い始めた。


新しい保育園

なんと我が家から歩いて通えた。そして隠れ家みたいな場所にあった。こんなところに保育園があるんだ!と驚く。

それが本当に素敵なの。

園舎は木造、床も無垢材でピカピカ、ただし寒いのが難点。でも子供は風の子、寒空だって鼻水垂らして思いっきり外で遊べばいい。

森の中?と思うくらい樹木に囲まれて、冬は落ち葉拾って工作したり、夏はその木陰が本当にひんやりとし心地いい。

また樹木は実がなる木がたくさんあり、秋にはその実りをいただき、そのうえ広い畑もあり野菜も自分たちで作る。

自然の中で四季を感じられるトトロの世界の保育園。そんな感じの素敵な保育園。

いろんなことあったけど、最後はすごく良い保育園に通えて本当にラッキー。きっと娘と息子もそう思っているはず。

そして、絶対に役立っているはず。

これから先、そんな経験をしたってことが、あなた方が子育てしていくときにちょっとでも役立てばいいな。そんなふうに思う。

本当に遠い昔の思い出。でも、絶対に忘れない濃いグレーから淡いピンクになった思い出。


本当に「感謝」しかない人生だなぁ

わたしって、しあわせものだなぁ


あなたの人生はいかがですか。

たくさんの思い出と その時の思いが キラキラと輝いていますか。



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