見出し画像

別れは突然やってくる

あっけない幕切れ。

別れは突然やってきた。



愛車を車検のためにディーラーに預けた。

車検は2日かかる。1日目に軽く点検をして、修理箇所や部品交換が必要なところについて、その日のうちに連絡が来る。それを了承して2日目に交換等をする、というやり方。

車検1日目の夕方、連絡がきた。

ディーラー整備士の話:
ちょっとこのままでは車検通りません。左右バルブ ロッカーカバー オイル漏れのため、修理が必要になりました。

修理のためにいったん車から修理箇所部品を外さなければならないのですが、外すのがかなり大変で壊れる可能性があります。

またそこにつながっているホースもかなり劣化しているので、交換しなければならないのですが、現在欠品しており、いつ入荷できるか未定です。

部品が届くまで車をずっとお預かりしなければなりませんが、代車の予定がつまっており、お貸しした車を明日返却していただいた後は代車を用意できません。

車を一度お手元に戻し(私に戻し)、部品が到着後に車検を再開するということもできますが「再入庫」となりますので「車検を2回やる」という扱いになり、代金が2回分になってしまいます。

このまま、部品待ちをして車検を通すか、どうしますか?


思わぬ連絡だった。

いつもなら、この部品が少し劣化しているので、交換したほうがいいと思います、という感じの中間連絡のはずだったのに。


私:「指摘されたところを修理をしたら(車検後は)大丈夫ですか?」

ディーラー整備士:「申し訳ないのですが、車がかなり古いので、他の部分が絶対大丈夫ですとは言いかねます。」

またしても苦手な二者択一。決断の時がやってきました。

一晩考えて、車検を通すことをやめました。

父が残してくれた愛車とのお別れが決まりました。



父が購入したのが2011年3月。亡くなる1年2か月前に購入した車です。

まる13年が経ちました。そして走行距離は123,000kmを超えています。

車体がとても大きい車で、私には運転は無理だな、と思っていましたが、慣れるものです。かなり上手に運転できるようになりました。

母と娘を乗せて、いろんなところへ行ったな。

北は山形、南は徳島まで、本当によく走ってくれました。

対面の高速道路を走ったり、山道をくねくね走行したり、車の重量があるので、安定感のある走りでかなり楽しく運転しました。

そうそう、北陸では砂浜の国道(千里浜なぎさドライブウェイ)を走ったり、瀬戸大橋を渡り、鳴門のうずしおを見たり、全部愛車が連れて行ってくれました。

そういえば、京都では保津川のほとりの宿に宿泊し、さぁ出発!という朝に玄関で靴を履いた時の話。

ものすごい激痛が走り、慌てて靴を脱いだら小さいムカデがポトンと出てきました。

足は瞬く間にはれ上がり、とても靴を履ける状態でなく。

宿の人は、よくムカデ出るんです、みたいな話で。

しかし素早い処置でムカデを焼酎に漬けたもの(?)を何度か塗り、その液体を湿らせたものを貼りつけてもらいました。

思った以上に早く足の腫れがひき、運転ができる状態になりホッとしたことを思い出しました。

「毒を持って毒を制す」とはまさにこのこと。

痛い思いとともに楽しい思い出話に変わったときでした。


たくさんの出会いがあり、別れがあり、必ずそこには愛車がいて。

それがたった一晩で「さよなら」の判断をすることになるなんて。

でも、事故が起きる前に車が「そろそろ潮時だよ」って教えてくれたのかもしれない。父も母もそして私もとっても大事にしていた車だもの。そうに決まっている。

毎日感謝して、乗るたびにありがとうって言い続けて、寂しいけど最後のお別れをしようと思います。

3月24日(日)この日が愛車とのお別れの日になります。

あっ、今気づいた。母の命日だ。1年前のこの日に母が息を引き取りました。

なんという因縁。

涙が出てくる。

こうやっていろんなことが重なっていくものなんですね。


ありがとね。今までの思い出とともに感謝して、最後の日まで楽しく運転しよう。
本当にありがとう。


別れは突然やってくる。
あなたはそんな経験をしたことがありますか。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?