土偶オフセット
やまない雨はないし、泣いて泣いて遮光器土偶みたいに腫れあがった目だってそのうち元に戻るのだ。
(今朝は本当に土偶そっくりだったなあ……やばかった)
夕方、仕事先のお手洗いで鏡をのぞきこみ、ほぼ元通りの自分の顔にほっとした。雪で寒かったからか、腫れがひくのが早い気がする。
「あれ、メガネやめたの?」
「はい、土偶が治ったので」
「どういうことだよ、それ(笑)」
土偶隠しの伊達メガネを外し、仕事相手のヤマさん(仮名、5歳年上)との企画会議に戻った。彼の企画に関する慎重な手付きは心地いい。あーでもないこーでもないとアイデアを一緒に検討するのも発見が多く、毎回呼んでもらうのを楽しみにしている。
それにしても昨晩のサナダくんは酷かった。そして彼に対するわたしの言葉も酷かった。
*
サナダくんとわたしの間に起きた、「事故」の余韻は尾をひき、関係を冷やしつつある。たぶんこのまま終わるだろう。というか、お互いに将来を考えられないのなら、終わらせないといけない。
わかってはいるのだけど、終わりに向かう方法が彼とわたしで噛み合わず、今になると腹が立つこともどんどん湧いてきて、昨晩は電話で4時間ほど話した。大泣きしながら。
後半はほぼわたしが一方的に彼を責めていて、「ひかりちゃん、僕が言えることじゃないけど……僕が圧倒的に悪いしズルいしクズなんだけど、これは話し合いではないよね……」と音をあげられた。わたしはハッとして言葉の刃を下げた。そして別日に対面で話すことになった。
もう会わなければいいのに。甘いだろうか。
サナダくんには最初から期待してなかったし、いつでも終わるつもりでいたし、と、強気な自分がいる反面、あっさり手を離されそうなことがみじめで諦めがつかない。塩梅がわからない。
正直、今だってサナダくんは底抜けにかわいい。愛おしい。同時に壊したいほど憎らしい。愛憎ってよくできた言葉だなぁと思う。
*
心はモヤモヤしつつ、仕事的にはさっさと企画をまとめた夜、ヤマさんとご飯を食べて帰った。
彼が部下との関係で悩んでいるのにはうすうす気づいていたので、じっくり相談に乗り、最上級の励ましの言葉をかけた。感謝されて、沢山話せて、いい夜だった。
言葉は鈍器にも薬にもなる。
わたしはサナダくんに振るった言葉の刃をオフセットするようにひとに優しくしたのだった。
*
「昨晩はたしかにきつかったけど、僕がひかりちゃんにしたことを考えたら、軽すぎるぐらいだから大丈夫です」
帰宅後にサナダくんからのメッセージを読み、どうしたものかと思う。猛省した彼はサンドバッグ状態を受け入れる姿勢だが、わたしは彼を攻撃してすっきりしたいわけではない。今のままの関係を続ける気もない。
単純に、ちゃんと愛して付き合ってほしいだけなのだ。
わたしという人間を尊重するというのなら、そうしてほしい。
それができない代わりに……という彼の言い分はどれもズレている。圧倒的なクズであり、スーパー明確な潮時である。
やだなぁ。愛憎。なんなんだろう。
そうして、サナダくんに返信できずにいるわたしの元に、ふたりの男性からメッセージが届いた。
ひとつはヤマさんからのお礼の連絡。もうひとつはタガミからだった。
「ひかりは相変わらず元気に働いてそうだね。俺がこんど東京行くとき、ここの店でご飯食べない?」
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