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獣の子

サナダくんに顔を近づけてみた。……獣の匂いがする。

その日は、早く目が覚めたのでシャワーを浴び、下着をつけ、髪を乾かし、化粧をした。そうするとわたしの表面はすっかり洗い流されて、新しい膜に覆われる。その間にもサナダくんはぐうぐうと眠っている。

起きる気配がないので、彼が寝ている横に滑り込み、意外に長いまつ毛を眺めながら鼻と鼻を近づけた。ふたたび獣の匂いを嗅ぐ。

生々しい匂い。

汗とかオスとかメスとかそういう色々が混ざった匂い。いかにも「事後」という感じ。わたしもさっきまでは同じ匂いをさせていたに違いない。でも、それらを洗い流した今は、彼とわたしの間にタイムラグが生まれている。

「おはよう」

ぼんやり目を覚ました彼は、やっぱりまだどこかコトの最中みたいな余韻の中にいて、わたしは若干引いている。でも腰を撫でられるうちにそれすらどうでもよくなって、またぐうぐうと一緒に眠った。

獣の子になった気分。

こういうとき、ヒョウとかハイエナのようなネコ科の猛獣の子どもになるイメージが浮かぶのはなぜだろう。わたしは、コトそのものも獣の戯れのような気持ちでいる。

「ひかりちゃんは、すごく、えろいよね」

とは、サナダくん以前にも男性たちに言われてきたことだが、自覚がない。そもそも女であるわたしには、他の女性の行為と自分を比べようがないのだ。なにが違うのかよくわからない。

それとも褒め言葉的な常套句なのだろうか?

「ひかりちゃんはさ、他の男の人ともそうだったの? 前からこんななの?」

素朴に聞いてくる彼に返す言葉がない。なにが模範解答なのだろう。なにを知りたいのだろう。 知ってなにになるんだろう。

ベッドの上のことをベッドの外で話すなんて、サナダくんちょっと野暮だよと思い、わたしは黙って笑った。

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