相当な彼

時間どおりにビデオチャットが立ち上がり、モニタの向こうにはいつも通り、ニコニコしたメガネ姿の男の子がいる。

30過ぎたら男の子と呼べる年齢ではないけれど、サナダくん(仮名、同い年)は少年っぽい。大きなメガネをかけて、寝癖そのままで、ちょっとのびたセーターを着て。今日も背中には大量の本が積まれている。

「ひかりちゃん、こんばんは! 今日はどうだった?」

少し離れた場所に暮らすサナダくんと、定期的にビデオチャットをするようになって一ヶ月ほど経った。彼とわたしの関係は……なんなんだろう。

とりあえず、2日に1回はこうやってビデオチャットをして、1日1回はメッセージを送り、10日に1回はデートをしている。手をつないで街をあるき、夜ご飯を食べて、そして適当に見つけたホテルで一緒に眠るのだ。もちろんセックス付きで。

彼はちょっと変わった研究所に務める研究者で、彼のインタビュー記事をわたしが担当したことで知り合った。日常でも探求したいことが多い人なので、彼が趣味にしているフィールドワークに面白がってついて歩くうち、「あ、好きになるかもな」と思った。出会って一週間足らずのことだった。

「僕もやばいと思ったんだよね。ひかりちゃんとはいきなり近づきすぎたと思った。だから急いで最初に……」

「彼女の話をしたんでしょ?」

そうだった。仕事以外で初めて会った日、互いのフィールドノートを見せあっているときに彼が突然切り出したのだ。「あ、このペン、ドイツで暮らしてる彼女がくれたんだ」と。唐突だなと思ったのを覚えている。ペンのことなんて、ましてや彼女のことなんて、何も聞いていないのに。

そう、サナダくんには婚約者がいる。ドイツで暮らしていて、来年には日本に帰国する予定のキャリアウーマンな彼女だ。わたしも彼女のことは一方的に知っている。有名人だから。まさか彼と付き合っているだなんて知らなかったけれど。

「どうしよう」

「どうしようかね」

出会って2週間後、うっかり同じ布団にもぐってしまったとき、全裸のサナダくんとわたしは、ひとまず形だけ悩んでみた。答えなんて見えていた。ヘニャヘニャしたサナダくんには、あの美女兼猛女と別れる根性なんてないだろう。

まあ一回で終わらせて、思い出にしておくというのが大人というものだ。わたしはサナダくんという面白い友人を失いたくなかったし、この歳で猛女相手に略奪劇を繰り広げる自信も体力もなかった。

「ひかりちゃん、あのさ、彼女帰国するまで時間あるし、もうすこしこのままで継続しない?」

ずり落ちたメガネの奥で、ニコニコしながらサナダくんが切り出したとき、わたしは吹き出してしまった。

予想外にクズだな、サナダくん。

そうして、サナダくんはニコニコしながら、2日に1回はビデオチャットをかけてきて、1日1回はメッセージを寄越し、10日に1回は律儀にデートの約束をしてくる。

「なるべく持続する方法を探らないと。あと公平じゃないと思ったときは言ってね! 協議しよう」

明後日の方向に明晰な頭脳を走らせる彼を眺めながら、今日もわたしはどうしたものかと頭を抱えている。友人のアラタに言われた一言がずっとリフレインしている。「ひかり、そいつは相当なクズだ」。

……わかってる。

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