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魔女として

「別れるとして、サナダくんは何を失うの? このままではあまりにもバランスが悪いよ。あなたにも何か差し出してほしい」

大泣きをした一昨日、わたしはおとぎ話の魔女のような問いを、電話の向こうの彼に投げつけた。

「僕は……ひかりちゃんを失う」

「そうじゃない、浮気をしたサナダくんは、わたしと別れてもそれ以前の日常に戻っていくだけでしょう? 

彼女にも親にも周囲にもバレず、気持ちいい体験をして、ちょっとロマンチックで切ない気分になって終わり。反省したことだってすぐに忘れるよ。そうしてきっと普通に結婚して普通に出世して普通に家族と過ごすんだよ。

それって、バランスしないよね。未来を否定されて、飲みたくない薬を飲んで、誰に何も言わずに独りに戻るわたしとバランスしないよね? わたしは女性としての自尊心も人間としての居心地も損なうよ。でも、あなたが削られるのはどこ? 何を失うの?」

その言葉は強すぎて、明らかに、彼を傷つけるための刃だった。

同時に、これまでわたしの身体と心をえぐりとってきた男たち全員に向けた怒りだったし、何年も何回もばかみたいに同じ失敗を犯すわたし自身を詰問する言葉だった。

何を失うんだろう? 何を失ったんだろう? 

差し出せるものは何? このツケは誰から誰に払われるの? 

君たちも、わたしも。

サナダくんとわたしは、ジェットコースターみたいに無茶苦茶なスピードで親しくなってしまった。

出会って一ヶ月半で盛り上がり、キャーキャーいながら落下して、あっさり事故った。最初のカーブを曲がりきれなかった感じ。大怪我はしなかったけど、脱線したことで減速した。

わたしは不器用で情けないところも含めて彼のことが好きだし、彼もそれなりにわたしのことが好きだと思う。だけど、彼は婚約者との未来が大切だし、自分の研究を支援している厳格な両親の機嫌が大切なのだ。

何よりわたしに引っ張られて「ちゃんとした自分」を手放しそうになるのが怖いのだと思う。

だったら最初からやめておけばいいのに。

「気をつけて、ひかり。ひかりは、自覚している以上に色っぽいんだよ。あなたに迫られたら、フラフラっといくのは男の性だ」「ひかりはえろいから」「ひかりは気がない相手にも優しいから」「男の気持ち、わかるよ。ひかりなら受け止めてくれる気がする」

……とは、今まで男女問わず友人たちから受けてきた警告だった。

わたしが悪いの? 迫ってないよ。

もういい歳だし、十分に衰えているし。

ひとを魔女扱いするのはやめてよ。

そう言いながらもわたしはこうやって、出来事を噛み砕き、文字にして、物語のように記すことを続けている。確かにその生き方は魔女みたいだ。と、自分でも笑えてしまう。まさか書き始めて7日間でこんな展開を迎えるとは思わなかったけれど。

今日これから、サナダくんと話し合いへ向かう。焦点は「終わり方」だ。

対話の想像を重ね、傷つくことに備えて、化粧をした。鏡の中のわたしはすっかり諦め顔だ。今日はあまり泣かないようにしよう。土偶になりたくないし。

あーあ。またひとつ、どこが欠けたのかもわからないまま削れるんだなぁ。お湯につかるたびに滲みるように痛むんだろうなあ。

痛い。すごく痛いよ、サナダくん。

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