ただの素人

35歳までの目標「自己内外の融合」。 自己の中に秘めるもの、思考、意見、記憶を自己外へ…

ただの素人

35歳までの目標「自己内外の融合」。 自己の中に秘めるもの、思考、意見、記憶を自己外へと表現することが目標です。 日本語教師。大阪。きのこ反対派。 初めまして。千客万来。アンチはどっかいけ。

マガジン

  • 咲かざる者たちよ

    通勤の電車の中での暇つぶしに、小説のマネごとをしています。 全30話くらいになるかもしれません。 「人が抱いてしまう理想や願いの花は、常にその意思とは反し、呆気なく散り崩れてしまうこと」をテーマにした小説 創作大賞2024の〆切まで間に合うんか、わし。

  • 13歳、懲役6年。

    13歳、中学1年から高校3年まで暮らしていた、寮での記録をエッセイのマネごとのようにまとめています。

最近の記事

咲かざる者たちよ(第十六話)

〜第十六話〜  朝毎に、抑え難い吐き気とともに目覚めるのが常だ。午前六時半、窓を開けると眼下に広がる街はもう動き始めていた。コップ一杯の水を飲み干すと、そのまま花瓶の水を手際よく替えて窓際に置いた。喜多山は透明な花瓶越しに朝光を眺めると、何故だか強く外の空気を吸いたいと感じたため屋上へ向かった。  空には数羽の烏が戯れていた。静かな街に車が走る音が目立つ。喜多山は屋上で初めて街の様子をしっかり観察していた。そこから見る彩り豊かな屋根や家の外壁が朝日色と混ざってより美しく見え

    • 咲かざる者たちよ(第十五話)

      〜第十五話〜  木製の風鈴が、扉に触れる度に心地よい音色を奏で、店員の目を引いた。扉に「営業中」と書かれた看板が揺れる。喜多山がまず確認したのは、フラワーショーケースでもなければ、天井で静かに回る換気扇のプロペラでもなく、レジカウンター奥の部屋だった。木の音を聞いたであろう女性店員の「いらっしゃいませ。」と言う落ち着いた声が部屋の奥に聞こえた。喜多山はすぐに、入り口付近に置いてある観葉植物に顔を向け背中で店員の気配を伺っていた。蛇口を捻って水が流れ出す音や、硬いビニールをま

      • 咲かざる者たちよ(第十四話)

        〜第十四話〜  喜多山は、小筆についた絵の具を洗い流す際に洗面台に付着した淡い藍色を指で擦っていた。その日、喜多山は、朝の光を浴びながら手際よく準備をし、心待ちにしていた花屋への道を急いだ。  -九時二十四分。まだ花屋は開いていないだろう。喜多山はそう思うと、手帳に藍色を施した花の絵を何度も確認した。  -九時三十分。このアパートから花屋まではせいぜい七分の距離だ。それほど遠く離れていないあの花屋にはもう今頃あの店員が開店準備をしているに違いない。時間を追うごとに、喜多山

        • 災の繭

          急がずとも 必ず図らず 老い訪れて 巡り朽ちる 所詮無常よ 万物なんざ 悉く全ての 燦く理想は 悪意を帯び 腐り糸吐き 黒々と光る 災の繭紡ぐ  やがて繭は 羽化し蛾に 心の臓の奥 災い落とし 笑み浮かべ 舞い消える  掌に残るは 苛立ちと恥 真紅の永遠 群青の無限 平等と平和 共存と共栄 人はなぜ追いかけるの? そんなものは、天上天下 どこにも存在しないのに

        咲かざる者たちよ(第十六話)

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        • 咲かざる者たちよ
          17本
        • 13歳、懲役6年。
          18本

        記事

          咲かざる者たちよ(第十三話)

          〜第十三話〜  喜多山はよろよろと階段を降り、脱げたズボンを拾い上げ部屋へ戻った。少し身体が軽くなって、草履を引っ掛ける足元からは気だるい音を鳴らし、商店街へと向かった。夏の朝の商店街にはぞろぞろと人が集まり始めていた。ふと烏賊焼き屋の場所を見ると、朝はまだ店を開けていないようで、少しの荷物と色の無い屋台の枠組みが寂しく佇んでいた。地面に目を移すと、長年同じ場所で烏賊焼き屋を営んでいるせいか、屋台の形を囲うように地面のタイルは黒ずんでいた。その黒ずんだタイルは母がまだ幼い頃

          咲かざる者たちよ(第十三話)

          咲かざる者たちよ(第十二話)

          〜第十二話〜  高熱にうなされ、既に一週間が過ぎていた。喜多山は吐き気と眩暈に襲われ、朦朧とした意識の中にいた。  部屋の食料も底をつき、とうとう水しか残っておらず、喜多山は揺れる意識の中幾度も繰り返し水を飲んでは吐いていた。 朝日が赤く射した部屋に一人、白か透明かとも言える粘性の高い汚れた吐しゃ物を目の前にして伏した喜多山は心から「死」を望み、その思いが全ての思考を支配した。死ねればどれほど楽だろうか、生きることとはなぜこんなにも苦痛なのか、と眩暈と頭痛を激しく鳴らし声に

          咲かざる者たちよ(第十二話)

          咲かざる者たちよ(第十一話)

          〜第十一話〜  七年後の夏の終わり。その日、喜多山は猛烈な吐き気で目覚めた。早朝四時四十分。一杯の水を飲み干し、マンションのベランダに立つと、そこから見える朝日が徐々に街を染め上げていく様子を眺めた。西に目を移すと祖母の家の跡地が見えた。喜多山は祖母の死後、自宅を売却し、近くのマンションの狭い部屋に一人暮らしをしていた。  喜多山は一人孤独だった。この世界に喜多山とつながるものなど誰一人としていなかった。喜多山は祖父母の貯金を切り崩して生活していた。一人で財産管理をする喜多

          咲かざる者たちよ(第十一話)

          咲かざる者たちよ(第十話)

          〜第十話〜  グレーの古いバンを西へ向かって四十分走らせると、町で有名な介護施設が視界に入ってきた。喜多山は今日もバックミラーに写る後部座席の祖母と遠ざかる街並みを眺めた。喜多山は、窓の外をじっと見つめ無言のままの祖母に対して根気よく話しかけ続けた。しかし、週に三度の往復一時間半近くを要する送迎は、徐々に喜多山を疲れさせ、夏が終わる頃には、送迎中の車内はすっかり沈黙が支配するようになっていた。その頃を境に、喜多山の大学講義への欠席は顕著に増加した。  施設ではいつも三十代

          咲かざる者たちよ(第十話)

          咲かざる者たちよ(第九話)

          〜第九話〜  その夏、高校二年生である喜多山のもとに祖父の訃報が届き、急いで帰宅することになった。祖母が改札口で待っていてくれていた。ホームから階段を降りてくる途中、改札口を見ても、祖母の姿がかつてのようにはっきりと認識できぬほど、祖母は小さく、老いて見えた。「よく帰ってきたねぇ。今日はこのままおじいちゃんのところ行くからねぇ。」と言いながら喜多山が持つ荷物を手伝おうとしたが、喜多山は荷物をぐっと引き寄せ、「大丈夫。僕一人で持てるから。大丈夫。」と優しく断った。喜多山はかな

          咲かざる者たちよ(第九話)

          咲かざる者たちよ(第八話)

          〜第八話〜  金曜日の午後の授業が終わると喜多山は、荷物をまとめて寮を後にした。数時間電車に揺られ祖父母の家の最寄りの駅へ到着する。毎週末、駅の改札口まで迎えに来てくれる祖母の姿に心踊り、喜びで満たされていた。しかし喜多山はなぜか無理やり平静を装い、古びたグレーのバンに乗り込んだ。  喜多山は中学からは寮で暮らしていた。山奥にあるその寮は冬になると、鉄の扉が氷そのものであるかのように冷気を放ち続け部屋の隅々まで白く凍てつかせた。喜多山は週末に野球部の練習試合がない週は、金曜

          咲かざる者たちよ(第八話)

          咲かざる者たちよ(第七話)

          〜第七話〜  夕焼けの輝きも遂にその光を遠くへ失い、病室は静かな暮色に包まれていた。誰もいなくなったその病室でわたしは、その汚れた手帳に綴られた喜多山の日記に心を奪われていた。  わたしが大きく身を伸ばし天井を見たとき、廊下に足音が聞こえた。 「あれ。赤井、まだいたんだ。」とわたしより四つ先輩の看護師が病室から顔だけ覗かせた。その瞬間、わたしはこの病室で倒れ、彼が当直室まで運んでくれたことを思い出し、心からの感謝と謝罪を口にした。先輩は優しく「気にすることはないよ。君は確か

          咲かざる者たちよ(第七話)

          咲かざる者たちよ(第六話)

          〜第六話〜  多々良が帰った部屋には夜風が吹き通った。喜多山は身体を震わせ、冷え切った空気に混じって白い息を漏らしながら、声もなく深く泣いていた。少しして、CDプレイヤーを止めると、無慈悲に響き渡る列車の轟音が喜多山の耳を打ち鳴らした。部屋は荒れ果てていた。喜多山は瓦礫と化したクローゼットの中から、その夜食べるつもりだった潰れたパンを取り出して、立ったまま食べた。喜多山は多々良に対する憎しみを抑えるのに精一杯だった。  次の日、これまでのように学校で皆を笑わせていた多々良

          咲かざる者たちよ(第六話)

          咲かざる者たちよ(第五話)

          〜第五話〜  多々良との出会いから半年が経過した。この期間、多々良の存在が喜多山の日常にどれほど大きな影響を与えているか、喜多山は改めて感じた。相変わらず小学校での多々良の目立ちようは異常だった。一方、喜多山はというと、母が家に帰ってこない日が増え、寂しい気持ちは大きくなっていた。もしかしたら、箪笥の中身を知ってしまったことが母にばれたからかもしれない、全ては自分の責任なのではないかという疑念さえ抱くようになっていた。下を向いて足をずりずりと引き摺るように歩いている喜多山に

          咲かざる者たちよ(第五話)

          咲かざる者たちよ(第四話)

          〜第四話〜  気がつくと喜多山は保健室のベッドで寝ていた。喜多山はすぐに起き上がり、養護教諭を探した。たまたま離席していた養護教諭の机の上には自分の調査書が開かれていた。なるほど先程までどこかに電話をかけていたのだろう、受話器が本体から少しずれて置かれていた。  喜多山が受話器を元の位置に戻した瞬間に、 「喜多山くん。君が寝ている間、友達一人ひとりに、大丈夫だよと説明しに行ったよ。」  と、誰かが言った。振り返ると六年生にしては少し背が高く、短髪の爽やかな男子がベッドに腰掛

          咲かざる者たちよ(第四話)

          咲かざる者たちよ(第三話)

          〜第三話〜  小学校六年生の喜多山は、養護教諭によって頻繁に保健室に呼び出されていた。毎日着ているほつれた服や、汚れて破れたスニーカー、そして下級生と比べても一目でわかるほど痩せて小さな体格、養護教諭は喜多山に対して不審に思うことが多くあり特に気にかけていたのだ。  誰もいなくなった夕方の保健室で養護教諭は、錆びた脚立を登り、家庭調査書が収納されている棚に手を伸ばした。目当ての喜多山の情報が記載されたファイルを手に取り、その養護教諭は脚立の上で立ち、夕日の明かりを頼りにそれ

          咲かざる者たちよ(第三話)

          咲かざる者たちよ(第二話)

          〜第二話〜  自宅での寂しさや、毎晩怒号とともに押しかけて来る男たちへの恐怖をかき消すように、今日も喜多山は小学校ではすれ違う者一人ひとりに話しかけ、ふざけて笑わせてみせた。 「やっぱり君は傑作だ、喜多山くん。また明日もこっちのクラスにも来てくれよな。ああ、笑った。笑ったよ。もし君が僕の弟なら、家で勉強なんて忘れてずっと笑っているだろう。そう、成績だってどんどん下がっていくに違いない。ああ、笑った。笑った。」と言う上級生の笑い顔を見ながら喜多山は、ふと「もし君が僕の弟なら」

          咲かざる者たちよ(第二話)