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こんな単語帳作ってみたかった! かんき出版「くらべて覚える韓国語」

 5月18日の朝日新聞朝刊の1面広告に、新刊「くらべて覚える韓国語」の広告が掲載されました。ゼミ生が本で平積みになっていたと写真を送ってきてくれました。平積みの書籍をみると、本当に発売されたんだなと実感が沸きます。いつまでこの平積みを確保できるかが大事ですけど。

学生が送ってくれた인증샷(認証ショット)

エンタメ・文化用語と一般用語の融合

 この本は、現在再放送中のラジオのステップアップハングル講座韓活応援レッスンを、単語の世界に凝縮したようなものです。「Kエンタメ用語」という文字が刺激的ですが、私が意識していたのは、エンタメ用語と文化的用語、一般的用語の融合です。一般的な単語帳には、エンタメや文化などの専門性の出る単語は省かれがちですし、逆もしかり。でも、それらはバラバラに存在するものではなく、本来混ざっているものです。なので、エンタメとそれ以外の単語を融合した形で掲載しています。

 例えば、여의도(汝矣島)、충무로(忠武路)、삼팔선(38度線)といった地理的単語、일제시대(日本統治期)、오일팔(光州民主化運動)、아이엠에프 사태(IMF経済危機)といった歴史的単語をピックアップしました。こうした単語は、韓国人なら誰もが知っていて当たり前で、Kコンテンツに当たり前のように登場する頻出単語でありながら、検定準拠の単語集には登場しません。国会議事堂のある「汝矣島」は政治ニュースや政治ドラマで不可欠、映画のメッカである「忠武路」は授賞式や芸能ニュースで欠かせません。「38度線」は南北ものコンテンツの必須単語ですし、「IMF経済危機」はドラマ「二十五、二十一」の背景としても登場していますね。

여의도(汝矣島)と충무로(忠武路)
한반도(朝鮮半島)と삼팔선(38度線)

 私の専門分野でもある、宗教文化もとり入れました。도깨비(トッケビ)、귀신(お化け)、사주(四柱推命)、팔자(運命)、굿(シャーマニズムの儀礼)、부적(お札)といった単語です。これらは、ドラマや映画に頻繁に登場しています。ドラマ「トッケビ」はいうまでもなく、四柱推命やお札、シャーマニズムの儀礼は、主に中高年女性が神頼みをする際のアイコンです。ドラマ「社内お見合い」ではヒロインが、お見合いを断るために무당(シャーマン)の振りをしています。

굿(シャーマニズムの儀礼)と부적(お札)

KPOP文化をオーソライズする

 さて、本丸のKPOPの話です。私がなぜKPOPを単語集に取り入れたのか。それは、私がKPOPに特別精通しているからでも、KPOPファンだけに愛される単語集を作りたかったからでもありません。(もちろんKPOPファンには有効な単語が並んでいるとは思っていますが…)

 ラジオ講座のときにあらためて思いましたが、韓国語教育に携わる人の中には、「KPOPには一切興味が無い」という方がかなりいらっしゃいます。私も若い頃、たとえば10代の頃は当時のKPOPを熱心に聞いていました(あの頃はJPOPのほうが大盛況でしたが)が、今でもその当時と同じ熱量で聞いているかといったら、そんなことはないですね。興味が無いということ自体は仕方が無いことなのですが、韓国語学習にKPOPをとり入れてみたときに、「みんながKPOPを好きなわけじゃない!!」という抵抗が起きるのは不思議な話です。韓国語学習に民話や説話を取り入れたときに、「みんなが昔話を好きなわけじゃない!!」という不満は生まれないのに。

 根本に、KPOPは「ミーハーで軽薄なもの」「学ぶ価値のないもの」という感覚があるように思えます。昔話に一切興味がなくても、興味がないとはあえて言わない。でも、KPOPだと「興味なし!」と堂々と表明してしまう。これだけKPOPが叫ばれる世の中になっても、「KPOPはオタクの所有物だから学ぶ価値はない」という思考が見え隠れしているのです。その感覚は特に、「自分は韓国に精通している」と思っている教える側に多いです。私も含めて。

 私自身は、普段から学生にKPOPの話を聞かされ、今の流行グループは常に知っていたし、KPOPには疎くない方だと自負していました。そういう私でも、正直、少女時代あたりで情報がストップしていました。
 そこで、ステップアップハングル講座を開講するに当たって、思い切って今現在のKPOP情報をいちから見直し、アップデートしてみたのです。(ちなみにこの作業には、数ヶ月を要しました)

・・・目からウロコでした。

 なぜこれまで、ニュースやSNSで見かけてもスルーし、全く目に入らなかったんだろう。そう不思議に思いました。ファンたちのつぶやきも、これでもかと読みあさりましたが、「知らなかった頃にはもう戻れない」は、まさに言い得て妙です。
 KPOP文化は、情熱、奥深さ、波及力など、こちらの想像をはるかに超える世界でした。ラジオで「オタクはエリートだ」と発言しましたが、そのことは私がこのKPOPアップデートで身にしみたことです。
 研究者としては、見え隠れする日本との関わりも気になりました。ほとんどのグループが、正式デビューするのは韓国と日本だけ。世界中にファンがいても、スペイン語やインドネシア語では歌わないのに、日本語で歌います。日本で生まれたオタク文化が、KPOPとして大衆化し、世界中で花開いたようにも思いました。
 KPOPというオタク文化だけを見るのも失礼だと思って、日本のオタク文化に関する番組もちょびっと視聴してみました。こちらはまだまだ疎いですが、さすが発祥元だけあって、日本のオタク文化はKPOPのさらに先を行っている!と思い知らされました。やはり日本のオタク文化は世界最先端なんですね。大衆化されていないので、私を含む一般人には、どのようなものか全く理解されていませんが。
 オタク発祥の地である日本が、KPOP文化を、オタク文化だからといって拒否し、学ぶ物がないとするのは、とても勿体ないことだと思います。特に教える側にいる人は、ハイカルチャーだけをオーソライズするのでなく、大衆文化も同地平線上に置いていただきたいなと思います。現状のKPOP文化を知らないことは、「韓国を知らない」といっても過言ではないくらいのものです。このことは、教える側ではなく、教わる側の学習者が、見事に実感し理解していることだと思います。KPOPを拒絶している方々も、きっと食わず嫌いなだけです。知ったら、目からウロコです。私がそうでしたから。

人間関係を凝縮したVライブ

 アイドルグループのメンバーの魅力を考察したときに、「アジア的な人間関係」がポイントになっていることをあらためて確認しました。異年齢で構成されたアイドルグループは、韓国で繰り広げられる人間関係の凝縮図です。日常感を届けてくれるVライブは、そのアイドル個人の振る舞いというよりも、普通の若者の振る舞いをつぶさに見せてくれているのです。他国にいて、これ以上に韓国を身近に知る方法があるでしょうか。
 Vライブを試聴するまでは、ドラマや映画が一番の教材だと思っていましたが、最もリアルに見せてくれるのはむしろVライブやYouTubeです。ドラマや映画はシナリオというフィルターがかかっていますが、VライブやYouTubeにはフィルターがありません。完全なリアルを見ることができるのです。今のリアルな韓国を知りたいなら、ドラマや映画を見るよりも、VライブやYouTubeの視聴の方が適しています。そういったことを知ることができたのも、KPOP文化を見直したからです。
 ようするに、KPOPファン向け商材がどうのこうのという次元ではなく、今のリアルな韓国を知るのに、KPOPコンテンツほど優れた教材はないということなのです。

KPOPアイドルからも見られる人々の振る舞いを表す語
KPOPアイドルからも見られる人々の振る舞いを表す語
KPOPアイドルからも見られる人々の振る舞いを表す語

Kコンテンツの中のヒエラルキー

 近年の学生は、「KPOPというKコンテンツがきっかけ」という学習動機がほぼ100%です。推しのいない学生というのは滅多に存在しません

 このKコンテンツにも、実はヒエラルキーを感じています。
 KPOP、ドラマ、映画の3つのジャンルが存在するとしたときに、ヒエラルキーの最上位は「映画」です。日本に入ってきた時期も早いですし、監督や俳優の中には世界的な公認を得た人もいます。日本の若手俳優が、憧れる人に韓国人俳優の名前を挙げるのも日常になりました。
次が「ドラマ」。「冬のソナタ」当時は「日本のドラマの亜流」「ちょっと野暮ったいけど心を揺さぶられる」といった感覚で受け入れた人も多かったでしょうが、今は世界の最先端です。演出、シナリオ、演技の三拍子が揃い、「イカゲーム」から始まって「地獄が呼んでいる」「今私たちの学校は」は圧倒的なコンテンツ力を見せつけられました。韓国の得意分野である悲しいファンタジーの「トッケビ」や「まぶしくてー私たちの輝く時間ー」、懐メロとともに日常の情感を味わう「応答せよシリーズ」や「賢い医師生活」、制作側には比較的不得手だったサスペンスジャンルからも「シグナル」「秘密の森」「未成年裁判」などの逸品が次々と生まれるようになりました。
3番手に来るのがKPOPです。教え手に、映画やドラマを全く見たことがないという人は少ないでしょうが、KPOPは全く知らない、苦手分野だという人はまだまだたくさんいるでしょう。巷の人気とはうらはらに、KPOPをオーソライズしてくれる人はいまだ少ないのです。
 大学で好きなアイドルグループ名を聞く場面がよくあります。質問したはいいけれど、その答えに対してほぼ反応できません。映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」を見たといわれたら、「ああ、そう! あれはね〜」と目をキラキラさせながら反応できるのでしょうが、「ASTROのジンジンが好きなんです」といわれても「…」となってしまうのです。
 さらに、KPOPアイドル内にもヒエラルキーがあります。「BTSのテテが好きなんです」と言われたら、「ああ、そう! テテはイケメンなのに性格はかわいいよね」などと反応できるかもしれませんが、「T1419が好きです」といわれたら、やはり「…」となってしまいます。相手が黙ると、オタク話をそれ以上続ける学生はいません。オタク話って、オタクでない人には、しにくいようです。相手が興味なさそうな顔をしてしまうんでしょうか。オタク同士でしか会話が成り立たないから、オタクでつながるSNSは盛況なのか、とも思いました。
 逆に、好きなものをオーソライズしてあげるととても喜びます。「え? 先生も知っているんですか?」と相手の目もキラキラします。なので、知らなかったときには、「そうか、先生は勉強不足みたいだ。T1419について、もっと詳しく聞かせてくれないか」と、こちらから聞き出すスタンスを取るよう心掛けています。学生は時代の最先端を行っていますから、BTSやBLACK PINKといった往年?アイドルよりも、デビューしたて、あるいはデビュー前のグループを応援していることが多く、余計に知らないことだらけです。若い人たちは、韓国語を正式に学ぶ前から、韓国の最先端を追いかける能力があるのです。老舗教育者たちは、恐れ入ったという状態です。まさに勉強不足です。しかしもはや石にかじりついてても情報収集して努力しないと教員として淘汰されるという危機感があります。理由は今育ってきている韓国語の教員はKPOPネイティブだからです。

 Kコンテンツには、このほかにエッセーや小説、ミュージカルなどの舞台といったものもあります。こうしたコンテンツはたとえマイナーでもハイカルチャーの匂いがするので、軽薄だと拒絶されることはあまりないでしょう。

KPOPは韓国教養の一つ

 さあ、ここまでくると、大衆的なKPOPってもはや、韓国を学ぶときの教養の一つだと思いませんか。ハイカルチャーだけが文化ではありません。今の韓国の大衆文化は、韓国の縮図なのです。教える側には、KPOPのチェックはマストだと言いたいです。正直にいえば、すぐには興味がわかないこともなくはありません。でも、笑顔になり、興奮し、知らない韓国を発見して…。得るもののほうがはるかに多いです。KPOPは、世界的な文化現象として認識すべきなのです。韓国語を教えていて、「キムチとは何か」が説明できないのが恥ずかしいのと同じです。「KPOPとは何か」を自分なりに語れないことは、もはや恥ずかしいことになっていくと思います。

もっとエモい語学学習を

 大きく話がずれましたが、こちらの単語集で大事にしているについて、最後に述べます。

 私が意識していたのは、語学学習に「共感」と「物語(ストーリー性)」を取り込むことです。覚えるべき単語を勝手に決めて押しつけるのではなく、自分が知りたいことをKコンテンツと融合させながら学んでいく。そんな心ときめくエモい(エモーショナルな、ハートムービングな)学習をしてほしいのです。

 そして、この単語集は「楽しさ」ばかりを追求したわけでもありません。4つの動作をまとめて確認する、基本単語を発展単語に広げてみる、日本の学習者が間違えやすい単語を知る、直訳しにくい形容詞を知る、そんな提案もしています。

4つの動作をまとめて確認する
基本単語を発展単語に広げてみる
基本単語を発展単語に広げてみる
基本単語を発展単語に広げてみる
直訳しにくい形容詞を知る

単語集を手に入れてくださった方は、ぜひ、あなたのエモいを見つけてみてください。覚える単語は、自分で決めていいんです。

ピンポイントではありますが、5月27日に出版記念イベント行います。お時間ある方はぜひ!



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