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当たらなかった『ノストラダムス』

若い子は、もしかして知らないんじゃないでしょうか。

『ノストラダムスの大予言』

というものがあったんです。
1555年にノストラダムスさんが書いた「予言集」というのを、五島勉さんという方が解釈を入れて「ノストラダムスの大予言」として出版したのが、1973年。「1999年7月に恐怖の大王が降ってきて世界は滅びる」という文言が反響をよんで、あれよあれよと100万部突破の大流行。

大人は、どんな気持ちでこの話を聞いていたのかはわかりません。
でも、まだ私が小学生の時、初めて「ノストラダムスの大予言」を知ったときに、とても衝撃を受けたのを覚えています。

そんな五島勉さんが、先日ニュースに出て謝っていたんだそうですね。

大予言なんて、大人になった今であれば、鼻で笑い飛ばせる内容でしょう。

当時の大人たちも、そんな馬鹿にする半分で楽しんでいたのではないかと思いますが、小学生の私は違いました。とてもとても怖かったのです。

私が大予言を知ったのは、大元の本ではなく、学習漫画のようなものの一つでした。『ノストラダムスの大予言』と銘打たれたその本に手を出してみたのは、タイトルに対する他愛のない好奇心だったと思います。

しかし私は、読んで衝撃を受けることになるのです。
『1999年に人類は滅びてしまう!!』

私がその時〇歳だから、1999年まであと〇年しかない。そんな年数を指折り数え、小さい体で、何の対処も立てようがないその無力感に絶望したのです。思えば、「死」というものを初めて意識した瞬間かもしれません。そこで終わってしまう、ということに図りようのない恐怖を感じました。

知った当初は、本当に夜も眠れない状態で、目を閉じれば『恐怖の大王』が脳裏に浮かんでくる。もちろん『恐怖の大王』は、こんな形をしています、なんて解説があるわけでなし。恐怖の大王は、想像できる中で一番怖い姿をして襲ってくるのです。うなされてハッと起きてみても、まだまだ1999年はだいぶ先のこと。

終末の訪れが先延ばしになった安堵と、結局は訪れる終わりへの恐怖に悩まされる日々が続くのです。

『ああ、1999年に終わってしまうなら、私たちは生きている意味があるのだろうか?』そうやって本気で思い悩んだノストラダムス。あなたはどうしてノストラダムスなの……って、これはこの前のティファールを引きずっているな(笑

久々に『ノストラダムス』の名前をみて、そんな当時のことを思い出したわけです。

実際のところ、1999年を迎えた時にはちょっと大人になっていたし、ノストラダムス自体が下火になっていたので、「あーそういえば1999年だねぇ」くらいのものでしたが(笑 なんともあっさりしたものです。

マヤ歴のうんちゃらで世界滅びるとか、そういう映画だってレベル一緒ですからね(笑

終末を告げる『大予言』が世の中に流行って、本気で恐怖し、今となっては笑い話に出来る。そんな稀有な体験をさせていただいた私としては、ノストラダムス及び五島さんには賞賛を送りたい。きっとあの時代だからこそ、それだけの流行が生まれたのだろうし、二度と起きることはないでしょう。

当時の私に聞かせたら、

『嘘八百並べやがって!こっちがどれだけ怖かったと思っているんだ!!冗談じゃない!土下座して謝れ!』

とかなること間違いなしなんですけどね(笑


#エッセイ #コラム #ノストラダムス #大予言 #平成の思い出

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)