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脂質代謝のダイナミズム

(※この記事は今までとは異なった文体で構成してみました。以前から私の記事を読んでくださっている方は始め違和感を感じるかもしれませんが、ご容赦ください)

今回の記事ではサイクリング中に脂質(脂肪)がどのように利用され、パフォーマンスを支えてくれているのかについて深堀りしていこう。

ポタリング、ブルべ、ヒルクライム、そしてトライアスロンやロードレース、どのようなシーンであっても脂質は私たちを支えてくれていることを実感していただきたい。

実感を強めていただくためにところどころで数値をシンプルなものに変換している。あくまで概算であることをご了承いただきたい。



話題の中心:中性脂肪とは

まずは言葉の整理とそれらをどのようにイメージするとこの記事を読んでもらいやすくなるのかを説明していこう。まず押さえておきたい用語は「中性脂肪」である。

中性脂肪はご存知の通り、皮下脂肪や内臓脂肪といった脂肪組織にぎっしりと貯めこまれているものに他ならない。

余ったエネルギーはせっせと中性脂肪に変換されて脂肪組織に送られ、いざという時のために貯めこまれている訳だが(過剰になることが多くの方の悩みではあるが)、この中性脂肪は運動時にももちろん利用されている。

後ほど詳しく説明することになるが、運動中に中性脂肪が使われているとはいえ、もっとも効率よく使われている状態であってもその量はおおよそ0.5g/min(多い人でも1.0g/minほど)だ

つまりどれだけ脂肪燃焼の効率がいい運動であっても、1時間に30g燃焼させられるのが関の山。そう簡単に体脂肪は落とせない。

ちなみに体内に余剰の(緊急で使う必要のない)糖質が100gあると、おおよそ28gが中性脂肪として体に貯めこまれるそうだ。(参考1)

お茶碗一杯(糖質60g)余計に食べると体脂肪に換算して17g増える計算になるので、帳尻を合わせるには30分の運動が必要になる計算だ。

さて、この中性脂肪なるものは「グリセロール+3つの脂肪酸」の形をしたものの総称で、脂肪酸に多くのバリエーションがある。たとえばラウリン酸(中鎖脂肪酸)やパルチミン酸(スタンダードな脂肪酸)などで、炭素の数が違っている。

脂肪細胞にはこの中性脂肪がたくさん詰まっている(下図)。お腹のお肉をつまんでみよう。その弾力、それが中性脂肪だ。

また筋線維の中にも運動を継続するのに十分なほどの中性脂肪がため込まれており、その多くは筋線維のミトコンドリア近辺に中性脂肪の集まりである脂肪滴として局在している(下図)。

図の脂肪滴(中性脂肪の集まり)はミトコンドリアほどの大きさもある。参考2より



脂質代謝(中性脂肪の燃焼)

続いて、筋肉が中性脂肪をいかにエネルギー源として利用しているのかを見ていこう。(「エネルギー源」と書いたが、これは筋肉を収縮させるために必要なATPを作るための素材という意味で、糖質や中性脂肪などがこれにあたり、エネルギー基質とも呼ばれる)

筋肉が中性脂肪をエネルギー源として利用する戦略は2通りあり、①血中に放出された中性脂肪(主に脂肪組織から)を取り込むか、②自前の中性脂肪(筋肉に予め貯められていたもの)を利用するかのどちらかで、ミトコンドリアによってエネルギーであるATPに変換される。いわゆるβ(ベータ)酸化と言われるものだ。

研究者たちの情熱は実に凄まじいもので、アスリートに様々な強度で自転車を漕いでもらい、この2通りの方法でどれくらい中性脂肪が使われているのかが検証されている。

下の図はその代表的なもので、各強度での糖質と脂質(中性脂肪)の利用度合を示している(以下、中性脂肪を脂質とも呼ぶ)。

参考3

まず「リカバリー」強度を見てもらいたい。その多く(おおよそ80%)が血中脂質、つまり脂肪組織から主に供給されている中性脂肪によってエネルギーがまかなわれている。

この研究で行われた「リカバリー」の強度はかなり低く、30%FTPほどに相当するため、たとえばFTPが200w(ワット)なら60w前後の出力を維持している状況になり、この場合48w分が血中の脂質をエネルギー源としている。

どうだろう、思っていた以上に脂質の利用度合は大きいと感じられるのではないだろうか?

続いて「持久」強度、L2とも呼ばれる強度に目を移すと、血中脂質と筋内脂質の2つの脂質利用を合わせると「リカバリー」強度での脂質使用量を上回っている。割合も全体の半分以上である。

出力ワットで例えると、この研究で行われた「持久」強度は75%FTP前後であるため、FTPが200wなら150wの出力を維持している状況で、脂質代謝はそのうちの75wを負担していることになる。

ちなみに「持久」強度が脂肪燃焼にとって最も効率が良いと言われるのは、このゾーン以上に強度を高めると脂質利用が減って、糖質利用にシフトするため(LT強度で脂質代謝量が減少していることをチェック)。

人によっては100%FTP強度ではもはや脂質の利用はごくわずかで、ほとんどを糖質によってまかなう場合もある。

また脂質利用の絶対量は「持久」強度を頂点にしたカーブを描くため、「持久」強度帯はMaximal Fat Oxidation(最大脂質代謝)、Fat Max(最大の脂質代謝ゾーン)などとも呼ばれている。

以上をまとめ、脂質代謝に関しては以下の2点を頭に留めておいて欲しい。

  1. 運動強度が低いほど、脂質利用の割合が高い

  2. 脂質利用の絶対量は50-75%FTPで最大となる

(参考5

蛇足ではあるが、「血中脂質」と「血中グルコース」を合わせた量を見て欲しい。(下図の赤で囲った範囲)

血中からのエネルギー源の供給量は、強度によって脂質と糖質の割合が異なっている(低強度の方が脂質の割合が多い)ものの、供給量はどの強度帯であってもほとんど同じくらいで推移している

つまり筋肉は強度が高まる分を自前の脂質と糖質で何とかやりくりしなければならなくなる。血中からの供給量を増やすことは難しく、筋肉は予め貯めておいたグリコーゲンや筋内脂肪(脂肪滴)をエネルギー源として支出している。

自転車競技などの持久系スポーツでパフォーマンスのボトルネック(一番足を引っ張る存在)が肺でも心臓でもなく、脚の筋肉であると言われる所以は、脚の筋肉が自前で蓄えているエネルギー源を効率的に活用できる機能(主にミトコンドリア)をいかに備えているかにかかっているからに他ならない(もちろん毛細血管網の発達や血中からの糖質取り込みの機能なども関わってくる)。

ここまでがまず押さえてもらいたい全体像である。イメージだけでも掴んでもらえていると、続く内容も楽しく読んでもらえることと思う。



脂質代謝機能の向上は可能か?Yes

今までの内容を少しまとめてみよう。

  • 運動強度によって変化するものの、我々は脂質を使ってペダリング出力(ワット)の少なくない割合をまかなっている

  • 強度が高まると脂質の利用は制限される(糖質利用が優位になる)

  • 競技シーンで発揮されるような出力強度では、筋肉のミトコンドリアがATPを生み出す機能(糖質、脂質代謝ともに)がキーになる

中性脂肪が様々な出力強度で運用されていることにご納得いただけたと思う。そうすると続いて気になるのは脂質代謝の機能を高めることはできるのか?ということである。

少しでも多く脂質代謝によってペダリングの出力をまかなえれば、その分主力である糖質のエネルギー源(グリコーゲン、量に限りあり)を温存できるはず。

その答えはイエスである。しかし脂質代謝向上のために特別何かをするというよりは、普段のトレーニングによって脂質代謝も同時に向上している。

その理由も含め、論文を参照しながら順を追って説明していこう。


ミトコンドリアの脂質代謝機能

まず自転車に活きてくる脂質代謝機能の向上とは、脚の筋内にあるミトコンドリアの脂質代謝機能の向上に帰着する。これは前述した通り、脂質を筋肉が収縮するためのエネルギー(ATP)に変換する作業はミトコンドリアが担当しているためであり、筋内の脂肪滴がミトコンドリア近辺にある理由でもある。

以前にご紹介したパフォーマンスレベルとミトコンドリアの機能を検証した論文では、アスリートのミトコンドリアは一般人に比べ2倍以上の脂質代謝機能を持っていることが示されている。(下図の赤の囲み)

参考6

なるほどミトコンドリアの脂質代謝機能はアスリートになるほどに高い。では、どうすれば高められるのか?それは当たり前のことかもしれないが、普段のトレーニングによるものである。


どのような強度が適している?

脂質代謝の向上は、どのようなトレーニング強度が適しているのか?

これは研究者またはコーチ、トレーナーによって意見が分かれてくるところかもしれない。

なぜなら、基本的にはどのような強度(主に「持久」強度以上)であっても実施の仕方で脂質代謝機能は向上するものだからである。

たとえばFTPを向上させたいと考えた場合、トレーニングにはいくつかのシナリオが考えられる。

  • 「持久」強度(L2)を長時間実施する

  • スイートスポット(90%FTP前後)を主体に実施する

  • VO2max強度のインターバルを行う

このどれもがFTPの向上に役立つ背景には、ミトコンドリアの脂質代謝機能の向上も当然ながら貢献している。

だからこそトレーニングを行う方の環境や費やせる時間、トレーニング経験によって行う内容は人によって異なるし、言い換えればカスタマイズ可能でもあり、人によって意見が異なってくるのは自然である。

たとえばKirstenさんたちが2008年に発表した論文が興味深いもので、
・L2強度のトレーニング60分(週に5回)
・30秒全力走-4分30秒レスト×6本(週に3回)
この2種のトレーニングを6週間実施したところ、同程度の脂質代謝機能の向上が見られている。

参考7

トレーニングに費やす時間が全く異なるので、どちらを選ぶかはやはりその人次第だ。

短時間で効率を重視するならば全力走やVO2max強度でのインターバルトレーニングだろうし、長く気持ちよく走ることやダイエット効果に重きを置けばL2強度での巡行も選択肢になってくる。


どれくらい脂質代謝は向上する?

続いて肝心の、「トレーニングによってどれくらい脂質代謝が向上するものなのか?」をイメージする上では2022年に発表されたメタ分析(関連論文を集めて再度効果を検討する)が面白く、重要な結果を2点を挙げると

  • L2強度(持久強度)とVO2max強度以上でのインターバルトレーニング(HIIT)を比較すると、HIITの方が若干脂質代謝の向上幅が大きい(0.03g/minほど高い)

  • 脂質代謝の向上は4週間ほどで見られ(0.05g/minほど)、12週間で0.13g/minほど向上する。

文献8

ここで脂質代謝の向上度合として「〇g/min」という単位が出てきた。

「4週間のトレーニングを行って、1分間の脂質代謝量が0.05g増える」と言われてもあまりピンとは来ないかもしれない。

そこで具体的にペダリングで出力しているワット(w)に概算してみると、脂質代謝が0.01g/min増えれば、ペダリング出力は1w増える。(概算方法は後ほどご説明する)

つまり4週間のトレーニングで脂質代謝が0.05g/min増えたとすれば、脂質代謝によって5w出力が高まる計算だ。

12週間トレーニングを実施すれば、脂質代謝向上(+0.13g/min)によって13wほどの向上となる。

脂質代謝の向上をペダリング踏力(出力しているワット)に変換すると、結構大きな変化だと感じるのではないだろうか。

注意してもらいたいのは、この数値は脂質代謝の効率が最も高い75%FTP強度前後での話であるということ。

先に説明したように強度が高まるにつれ脂質代謝の利用量は減るため、FTP強度以上などでは脂質代謝向上の恩恵は目減りしていく。

概算ではあるがどういう計算過程を経たのかは説明しておく必要があるため以下に示しているが、興味のない方は飛ばしてもらって構わない。


<概算の内容>

cycling efficiencyと呼ばれる概念によれば、酸素と二酸化炭素の体への出入りから計算される体全体で消費したカロリーのうち、ペダリング踏力(ワット)に変換される割合は人によって異なるがだいたい18%前後(150-200w出力時)である。(参考9)

つまり脂質1gを完全燃焼させると9kcal発生するが、その内の約18%がペダリング踏力に反映される計算になる。

「4週間のトレーニングで0.05g/min脂質代謝が増えた」とすると、

0.05g×9000cal(=9kcal)×0.18 = 81cal/min

これを秒単位にすると、81cal÷60秒 = 1.35cal/sec

1cal = 4.2J(ジュール)なので、ジュールに変換して

1.35×4.2 = 5.7J/sec = 5.7ワット(w)

以上から、脂質代謝が0.05g/min増えればペダリング踏力が5.7w増えると概算。

もう少しざっくりと、脂質0.01g/minの増加で1w向上の方が分かりやすいので、そちらを採用した。




脂質代謝Tips

ここまでの内容が今回の記事の柱ではあるが、脂質代謝に関するTips(小ネタ)をいくつかご紹介する。脂質代謝の理解を更に広げてみて欲しい。

◆脂質代謝量(男女、体脂肪)

Michell(2005)さんの研究(参考11)によると、運動中の脂質代謝量は女性の方が男性に比べると若干多いようである。

最も脂質代謝量の高い強度(75%FTP前後)において徐脂肪体重1kgあたり、
・女性:8.3mg/min
・男性:7.4mg/min
の脂質が消費される。

徐脂肪体重が50kgの男女であれば約0.05g/minほどの違いになる。

一方体脂肪率や体脂肪量の低いor高いと脂質代謝量に関係はないようである。


◆for ダイエット

ダイエットを目的にサイクリングする場合、最も期待することは脂肪組織(贅肉)に蓄えられた脂肪を燃焼することにある。

そのため脂質を使うといっても、筋内に貯め置かれている脂質ではなくできれば血中脂質を利用したい

選択肢はリカバリー強度か持久強度である。

下の図を見てもらうとリカバリー強度(30%FTP)と持久強度(75%FTP)で2時間巡行した際のエネルギー源の内訳を示している。

参考4

血中脂質(オレンジ)の領域の大きさが異なっているが、それは持久強度の方が総カロリー消費が多いためで、血中の脂質代謝量としてはどちらの強度もほぼ同じである。(持久強度が若干多い)

この図をぱっと見る限り、リカバリー強度でいいじゃん!となる。今日、明日だけを見ればリカバリー強度の方が楽に行えるし、それも正解だろう。

しかし継続的にダイエットに取り組もうとする場合は、未来の脂肪燃焼の効率アップを見据えて(同じ強度でより多くの脂肪を燃やす)、持久強度に取り組むことをおススメする。

なぜなら持久強度を継続的に行えば脂質代謝機能の向上が期待でき、未来のダイエット効率が高まるからである。

「脂質代謝機能の向上」の話に戻るが、1ヶ月(4週間)継続できれば0.05g/minの脂質代謝向上が見込め、3カ月(12週間)行えば0.1g/minもの脂肪燃焼効率の向上さえ夢ではない。

もちろんこの数字の全てが血中脂質による代謝ではないが、脂肪燃焼の効率アップには違いない。

また、始めの1ヶ月でVO2maxインターバルのような非常に強度の高いトレーニングに取り組み、脂質代謝機能を短時間&短期間に高めてから低い強度帯に変更するのも手ではある。

塵も積もれば山となる。是非、持久強度にチャレンジしてみよう。


◆2時間以上にわたる運動時

ロードレースやトライアスロン、それにブルべなどは優に2時間以上運動し続ける。そのような長時間に及ぶ競技の場合はエネルギー源の多くを血中脂質に頼るようだ。

Watt(2002)さんの研究では60%FTP(持久ゾーン)で4時間巡行し、そのエネルギー源の割合を検証している(下図)。

参考12

2時間までは筋グリコーゲンも豊富にあり、エネルギー源として大きな割合を占めているが、徐々に残量が減っていき2時間以降ではグリコーゲンの貢献量は大きく減少している。

一方で血中脂質(図のオレンジ斜線)は2時間以降全エネルギー源の半分以上を占めるようになる。

筋内脂質に関しては2時間以降に貢献度は下がっているが、これは筋内脂質の残量が枯渇したからではなく、まだ80%以上残存している状態である。


◆アイアンマンレース

長時間の運動になるほど重要になる脂質代謝。では脂質代謝は究極の持久的競技であるアイアンマンレース(スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.2km、トータルで12時間ほどを要する)の競技力をどの程度予測できるもなのだろうか?

61名のアイアンマンアスリートを対象に行われた研究(参考13)では、レースの結果と脂質代謝能力、それにVO2maxの関係が検証されている。それによれば、

・脂質代謝能力はレースの結果を12%予測する
・VO2maxはレースの結果を45%予測する

参考13

「〇%予測する」という表現をしたがこれは統計分析を行った結果を述べるときに用いられる言い回しで、今回で言えばレース結果を脂質代謝、VO2maxという要因で分析した場合に、レース結果のランダムさの〇%を説明できるという意味になる。

結果の図を見てもらうと、脂質代謝もVO2maxも高い方がレース結果が良い傾向はあるものの、低くても良い結果を出せている選手が一定数いる(逆もしかり)。

そのため「高くないと勝てない」とは言えないが、「高いに越したことはない」とは言えそうだ。こういったときに統計分析は便利で、このような状況をうまく数値によって表現できる。

話を脂質代謝に戻そう。

脂質代謝機能がアイアンマンレースタイムの12%ほどを説明できるものであるとはいえ、脂質代謝機能の情報だけではタイム予測は困難だ。

ここからは私見であるが、アイアンマンレースなどの超長時間レースでは最大の機能(脂質代謝の量的な大小)よりも、その機能を維持し続けられる体全体のシステムが重要になってくるのかもしれないと感じた。

筋肉が自動的に脂質をエネルギー源としていつでも燃やせる訳では決してなく、種々のホルモンや酵素を介した先に筋肉による脂質代謝が実現する。


◆補給食の内容と脂質代謝

ここまでの内容で長時間の運動時に脂質代謝が重要である点をご理解いただけたかと思う。

一方で糖質代謝(血中グルコースなど)の貢献度も高く、長時間にわたる運動において筋肉は脂質と糖質の両者を継続的に血中から補給していく必要がある。

そのためには競技中の補給食が重要だ。

Rauch(1999)さんによって行われた研究では、VO2maxが69ml/kg/min前後(非常に優れている)のサイクリスト6名に補給食の内容を変えて長時間巡行の検証を行っている。

・スポーツバー(脂質7g、タンパク質14g、糖質19g)
・グルコースジェル(糖質100g)

この内容を1時間に1度補給しながら5時間30分60%FTP強度で巡行し、最後に20分前後のタイムトライアルを行うという内容だ。しかも選手たちは両方の補給食の効果を検証するため、2度実験を繰り返している(もちろん別日である)。

検証の結果、スポーツバー(脂質入り)では脂質代謝の量が増え、グルコースジェルでは糖質代謝の量が増えていた(下図)。

参考14

このように補給食の内容次第で、代謝に利用されるエネルギー源の配分が異なってくる。

ちなみに5時間30分後に行う20分全力走ではスポーツバー(脂質入り)とグルコースジェル、どちらの出力も同程度だったようであるが、2名の選手はスポーツバー(脂質入り)の摂取条件では途中で出力がガクンと落ちている。

この全力走はおよそFTP強度で行われているため、全力走中は糖質によるエネルギー源の供給が鍵になる(現に脂質代謝量は全力走が始まり下がっている)。

出力が落ちてしまった2名はもしかすると、必要な糖質代謝量を確保できなかったのかもしれない(図の白〇)。

60%FTP強度の巡行であればどちらの補給食も必要を満たしているが、強度が高まる(特にFTP強度以降)につれ糖質の補給がより重要になってくるのだろう。


◆体質(遺伝)は関係するのか

これまで脂質代謝について述べ、長時間にわたる競技ほど脂質代謝機能が高いに越したことはないことをご紹介した。

では、その脂質代謝機能の高低はトレーニング効果だけで語れるものなのか?

これについては間接的な情報をもとにすることになるが、その答えはNoである。

下の図を見て頂こう。これは呼吸交換比と呼ばれるものの分布を示している。呼吸交換比とはどのくらい酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出したかを測定したもので、ここから脂質と糖質の利用度合を計算でき、数値が低い方が脂質代謝の割合が高い状態である。

参考15

ここで見て欲しいポイントはそれぞれの曲線が山のような形状をしていることで、いわゆる「正規分布」とよばれ、たとえば日本人の身長の分布を表現すると同じような形になる。

同じような体力水準のサイクリストを集めても脂質代謝機能の分布は広範囲にわたっており、体質や遺伝といった要因が大きく影響していることが伺える。

とはいえこの研究ではトレーニング量、食事の内容の関連も示されている。

ここから言えることは競技力の向上を目指す上で、個人レベルで見た場合に現在の脂質代謝機能の更なる向上はパフォーマンス向上につながるが、他の選手と脂質代謝機能の違いを比べてもあまり意味はないのかもしれない。(アイアンマンレースの論文のように)


◆ランニングとサイクリング

最後に同じような強度(酸素摂取量)で比較した場合に、ランニングの方がサイクリングよりも0.1g/minほど脂質代謝量が多いようだ。



おわりに

中性脂肪の説明から始まり運動中の脂質代謝について、また代謝機能の向上戦略や脂質代謝の小ネタについて説明をしてみたが、いかがだっただろうか?

今までの記事とは文体を大きく変更したため、違和感を感じられた方もいるかもしれない。

どちらの文体が皆さんにとって読みやすいのか、また私にとって書きやすいのかを試行錯誤する意味で今回初トライを敢行した次第である。

個人的には本を読む際、今回の文体の方が頭に入ってくる気がしているが、「です、ます」調の方が読みやすい方も多くいらっしゃることだろう。

あまりに不評であれば途中で元に戻す可能性もあるが、「色々と試しているんだろうな」と温かい目で見守っていただけると幸いである。

今後も是非読みに来てください。


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参考文献

  1. 「代謝」がわかれば身体がわかる. 大平万里. 光文社新書

  2. van Loon, L. J. C. (2004). Use of intramuscular triacylglycerol as a substrate source during exercise in humans. J Appl Physiol, 97, 1170–1187. https://doi.org/10.1152/japplphysiol

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  4. Romijn, J. A., Coyle, E. F., Sidossis, L. S., Gastaldelli, A., Horowitz, J. F., Endert, E., & Wolfe, R. R. (1993). Regulation of endogenous fat and carbohydrate metabolism in relation to exercise intensity and duration. Am. J. Physiol, 265(28), E380–E391.

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