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ミトコンドリアのトレーニング適応 -エピソード3-

今回の記事ではミトコンドリアのトレーニング適応について解説していこう。

今回でミトコンドリアについての連載記事3つ目になる。こちらからでも問題なくお読みいただける内容になっているが、過去の記事との関連が強いのでそちらも是非ご覧いただきたい。

ミトコンドリアのトレーニング適応については研究者間で様々な意見が出されており、すっきりと統一された見解は存在しない。どの論文を採用するかで、意見が少しづつ異なってくる。

この記事でご紹介している内容もその例に漏れず、やはり読み進めてきた論文の立場に大きく影響を受けている。

そのため皆さんには一つの解釈であるという視点でお読みいただけると嬉しい。とは言いつつも今まで学んできたもの、経験を踏まえて納得している解釈なので、内容に迷いはない。

是非、読み進めてみてほしい。


1. ミトコンドリアの適応

さっそく本題に入っていこう。

エピソード2でお伝えしたように、有酸素能力を高めるためにはエネルギー(ATP)を生み出す場所であるミトコンドリア内膜の総面積を広げ、いかに多くの呼吸鎖複合体を格納できるかが鍵になる。

そのための戦略は大きく分けて2つ考えられる。

  • ミトコンドリアの数を増やす、大きくする

  • 内膜を充実させる:内膜を幾重にも折りたたみ広い表面積を確保し、呼吸鎖複合体の数を増やす

もちろんこの2つを同時に達成できるとより一層素晴らしい有酸素能力の源となってくれる。

ミトコンドリアの適応について現在広く受け入れられている見解は、トレーニング時間×強度の掛け合わせがミトコンドリアの数や大きさの適応に重要であること、一方でミトコンドリア内膜の充実には高強度のトレーニング刺激が不可欠であるという二点である(参考3)

これらについて、順を追ってみていこう。


◆数、大きさの適応

まずミトコンドリアの数、大きさの変化は時間×強度の累積効果であると考えられている。

つまり長時間で低負荷のトレーニングや短時間で高負荷のトレーニング、またはその組み合わせ、どのような方法でも適応は期待できるが、キーポイントは継続することである。三日坊主ではミトコンドリアは反応してくれない。時間をかける必要がある。

継続することで得られる適応を見ていこう。

下の図は横軸に時間(h)× トレーニング強度(%FTP)の値を、縦軸にトレーニング無しと比べた場合のミトコンドリアの数、大きさの関係を表している。

参考3

FTP:1時間維持できる最大パワー
横軸:100%FTP=1として計算。例えば5時間×100%FTP = 5×1 = 5
なお論文データを改変し、直線回帰ではなく中央値あたりをたどって作図している。

トレーニングを始めたばかりのときは適応が大きいものの、徐々に適応は小さくなっていく。鍛錬が進むほど、地道にトレーニングを積み上げていく必要がありそうだ。

アスリートのミトコンドリアの量は一般人の1.8倍ほどある(参考1)ようなので、その領域に達するまでには複数年単位でトレーニングを継続する必要があるだろう。

補足の内容となるが、サイクリング界隈で用いられる「TSS:トレーニングストレススコア」は時間×強度×強度であり、強度の重要性が強調されている。

一方上の図で示した横軸は時間×強度であり、TSSに比べると時間に重きが置かれている。研究者によってニュアンスは異なるが、ミトコンドリアの数や大きさの適応を促すには時間という要素が大事であるという見解は一致しているようにも感じた。

トレーニング強度との関係については個人的な見解を述べておく。

どのような強度が適しているのかについて、様々な研究を俯瞰してみると90-100%FTP強度あたりの効果が高そうだ。(下図)

参考3

この図はトレーニング強度とミトコンドリアの量・大きさの変化について様々な研究結果を並べたグラフである。論文内では直線で回帰(全体の傾向を直線で推し量ること)しているためどの強度も同じ効果であろうと話が展開されているが、各強度帯の中央値をたどれば赤線のようにも解釈できるのではないかと考えた。

スイートスポットトレーニング(90%FTP前後でのトレーニング)あたりの強度が時間×強度の累積から見てトレーニング効果を最大化でき、ミトコンドリアの数や大きさを改善するのに適しているのかもしれない。



◆内膜の充実

内膜の充実についてはトレーニング強度が重要なファクターとなる

ミトコンドリアの数や大きさに比べて研究の数が少ないため多くは語れないが、各強度で10分間トレーニングを行った場合の効果を研究結果から逆算すると以下のようになる。(参考3)

  • 230%FTP強度(スプリントインターバル):+6.4%

  • 130%FTP(VO2maxインターバル):+2.5%

  • 90-100%FTP:+0.4%

  • 90%FTP以下:~+0.2%

それぞれの強度で一定期間トレーニングを行い、その結果得られた効果を実施した時間で割って求められた値。あくまで参考値。

このように、強度が高いほど単位時間あたりの効果は大きい。

もちろん強度が低くても全く効果が見られない訳ではなさそうだが、高い強度と同じような効果を出すにはかなりの時間が必要だろう。

先程の試算を額面通りに受け止め、トレーニング1セッションに換算してみると以下のようになる。

タバタ、VO2maxに関しては全身全霊を出し尽くした強度設定であり、週に何度も行えるものではないかもしれない。

ミトコンドリア内膜の充実を目指すには、VO2max系のトレーニング効率が良さそうである。

SST(スイートスポットトレーニング:90%FTP前後)はVO2max系のトレーニングに比べると内膜の適応は見劣りする。しかしミトコンドリアの数や大きさへの適応も大きく期待できるため、両方の適応(数と内膜)を促す上で効率的な方法なのではないだろうか。



2. 継続は力なり

さて、ミトコンドリアの適応とトレーニングの関係についてお伝えしてきた。簡単にまとめると、

  • ミトコンドリアの数、大きさ:トレーニング時間(量)

  • ミトコンドリア内膜の充実:トレーニング強度

が重要になってくる。

そしてどちらについても言えることは、トレーニングを継続しないと効果は期待できない。

このことを説明するため、ミトコンドリアの新陳代謝についてお伝えしたい。

ミトコンドリアに限らず、他のどのような体の組織や細胞も分解と合成(=新陳代謝)が絶えず行われている。

ダメージを取り除き、新たに合成するというダイナミックな状況が繰り返されているのだ。下の図はミトコンドリアの新陳代謝のイメージ図である。

参考6

トレーニングはこの新陳代謝のオレンジ部分を活性化させる訳だが、一度に改善できる度合は微々たるものだ。新陳代謝のサイクルが何周も繰り返される中で、徐々に質の高いミトコンドリアへと置き換わっていく。

ミトコンドリアは一ヶ月後には全てがすっかり刷新されている。そのときにどのようなミトコンドリアを備えているかは、皆さん次第だ。(参考5)

アスリートは長年にわたるトレーニングの中で幾重にもミトコンドリアの新陳代謝を繰り返し、素晴らしいミトコンドリアを備えるに至っているのだろう。

参考7

是非、トレーニングは継続してもらいたい。

以下の記事でも違った角度からトレーニングの継続についてご紹介しているので、ご覧いただければ幸いである。

継続は力なり。



3. 適応の喪失(ディトレーニング)

継続は力なりとお伝えしたが、時にはケガやアクシデントに見舞われトレーニングを中止せざるを得ないこともあるだろう。

そんなとき、どれくらいの期間で適応は失われてしまうのだろうか?

下の図はトレーニングを途中で中止してしまった場合に、ミトコンドリアの適応レベルの減衰経過が示されている。

参考7

図を見てもらうと、ミトコンドリアは短期間で内膜の適応が減衰していくようだ(内膜に関連するタンパク質の一つであり、内膜構造全ての適応が消失する訳ではなく、あくまで一部である)。

一方で数、大きさの適応は徐々に減衰していくものの、内膜ほど急激ではない。

大会前に行うテーパリング(トレーニングを間引いて、コンディションを上げる)では強度を維持し、時間を少なくすることが有効であるとされるのも、ミトコンドリア内膜の適応の減衰と関係があるのかもしれない。



4. 負荷設定の妙

トレーニングを行えば徐々にミトコンドリアの適応が積み重なっていき、有酸素能力は高まっていく。仮に有酸素能力が10から12に高まったとしよう。これからもどんどん有酸素能力を高めていきたい。

そう考えた場合に、12に上がった有酸素能力では10と同じメニューを同じ条件で行っても、筋線維にとっては物足りない刺激となってしまう。つまりトレーニング”刺激”とならない可能性が出てきてしまうのだ。

下の図の研究ではトレーニングによって体が反応する大きさと、ミトコンドリアの適応推移が示されている。

トレーニングを行うことでミトコンドリアの適応を促す体の反応(緑)が見られるが、その反応は徐々に小さくなり、それと共にミトコンドリアの適応も頭打ちとなっている。

参考8

このように、体はトレーニング負荷に慣れていく。もしメニューが易しく感じ始めたら負荷設定(時間、強度)を見直そう。

ちなみにこの図の研究では、実施時間は同じだが適宜強度を上げている。それにもかかわらず、適応は減衰している。つまり、強度だけではなく時間やメニューの内容なども変えていかないと体は慣れる。その辺りも頭に入れておいて欲しい。



5. オーバートレーニング

最後のトピックはオーバートレーニングについてお伝えしていこう。

これまでの内容を踏まえると張り切ってトレーニングをどんどん実施したくなるものだが、ミトコンドリアの新陳代謝が追い付かないことも起こり得る。

下の図はVO2maxトレーニングの実施回数を週ごとに変え、ミトコンドリアの機能を検証した論文の結果である。週3回までの頻度では順調に機能が向上していたものの、週5回の実施によって呼吸鎖複合体の機能が著しく低下し、次の週にも回復しきっていないことが伺える。

参考9

もちろんトレーニング歴や年齢などにも左右されるので、週5回の高強度トレーニングがダメだと言っている訳ではない。

ポイントは、誰しもミトコンドリアにダメージを蓄積してしまう閾値があるということである。有酸素能力を高める上では、過剰なトレーニングは能力向上どころか低下を招く恐れもある。いわゆるオーバートレーニングだ。

トレーニングは負荷が小さいと適応が進まず、反対に負荷が大きすぎるとオーバートレーニングになってしまう。ミトコンドリアの適応だけをとってみても、有効な範囲にトレーニングをおさめることは簡単なことではない。

だからこそ、トレーニングによって自分自身を高めることには他では得難いチャレンジがあるとも言えるだろう。トレーニングが科学であると同時に芸術でもあると言われる所以を、ここに感じる。


以上、ミトコンドリアのトレーニング適応についてご紹介した。



おわりに

ミトコンドリアの大きさから始まり、驚異的なATP生成戦略、そしてトレーニングへの適応、3つの記事にわたりミトコンドリアについてのトピックを展開してきた。

私にとってこれらのトピックは本当に心躍る内容であり、是非皆さんにお伝えしたかったことである。

私はこのような背景知識を獲得した上でトレーニングに励むことに、この上ない喜びを感じる。”自分の”体とは一体何なのだろうという哲学めいた気分にもなる。

強く、速くなりたいと願いトレーニングをすると共に、内なる世界観も満たされれば、それは大変豊かな時間なのではないだろうか。

記事を読み進めてもらうことで、皆さんのミトコンドリアのイメージが深まっていれば大変嬉しい。

ミトコンドリアのネットワーク網の発達など、まだまだホットな研究は進行中であり、新たな論文が発表されればまた記事にしていきたい。

また、載せきれなかった内容もあるのでそれもお伝えできればと思う。

一先ず、現在私の中にあるミトコンドリアとトレーニングについて精一杯お伝えした。

皆さんのスポーツライフがより豊かなものになることを願って、この記事を終えることにする。

最後までお読みくださりありがとうございました。


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参考文献

この記事は以下の文献を参考にし、作成しています。

  1. Jacobs, A. (2013). Mitochondria express enhanced quality as well as quantity in association with aerobic fitness across recreationally active individuals up to elite athletes. Journal of Applied Physiology, 114(3), 344–350.

  2. Larsen, S. (2012). Biomarkers of mitochondrial content in skeletal muscle of healthy young human subjects. Journal of Physiology, 590(14), 3349–3360.

  3. Granata, C.(2018). Training-Induced Changes in Mitochondrial Content and Respiratory Function in Human Skeletal Muscle. Sports Medicine, 48(8), 1809–1828.

  4. Nielsen, J. (2017). Plasticity in mitochondrial cristae density allows metabolic capacity modulation in human skeletal muscle. Journal of Physiology, 595(9), 2839–2847.

  5. Menzies, R. (1971). The turnover of mitochondria in a variety of tissues of young adult and aged rats. Journal of Biological Chemistry, 246(8), 2425–2429.

  6. Twig, G. (2011). The interplay between mitochondrial dynamics and mitophagy. Antioxidants and Redox Signaling, 14(10), 1939–1951.

  7. Bishop, J.(2014). Can we optimise the exercise training prescription to maximise improvements in mitochondria function and content? Biochimica et Biophysica Acta, 4, 1266–1275.

  8. Perry, C. (2010). Repeated transient mRNA bursts precede increases in transcriptional and mitochondrial proteins during training in human skeletal muscle. Journal of Physiology, 588(23), 4795–4810.

  9. Flockhart, M.(2021). Excessive exercise training causes mitochondrial functional impairment and decreases glucose tolerance in healthy volunteers. Cell Metabolism, 33(5), 957-970.

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