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簡易的なFTPテストのススメ

1時間維持できる最大パワー = FTP

ご自身のFTPを把握していると長期的なトレーニング計画を立てやすく、またヒルクライム大会などでも目標設定の際に重宝する。

最も信頼のおける測定はもちろん1時間全力で走ってみることではあるが、身体的にもメンタル的にもスーパーハードである。

代替の方法としてコーガン博士によって20分間の測定からFTPを導く方法が開発され、またランプテスト(漸増負荷テスト、zwiftでお馴染み)による測定もメジャーである。他にはクリティカルパワーテストなどもあるにはある。

しかし、これらのテストは得てして私たち一般人にとっては大変辛い。定期的に行うには荷が重い。そして本当にそのパワーで走れるかには若干の不安がつきまとう。

そこで今回は多少大雑把でも、「確実にそのパワーで1時間走りきれる」という安心材料を得るためのテストをご提案してみたい。

決して楽ではないが、ハードすぎることもない、明日やろうと言われれば、よし何とかやろうと思える、そんな簡易的なテスト方法をご紹介していこう。



テストのコンセプト

まずご紹介するテストのバックグラウンドを少し説明してから、テスト方法へと進んでいこう。

今回ご紹介するテストは、いわゆる「乳酸閾値」強度で巡行している際に見られる体の反応からFTPを推定しようというものである。

乳酸閾値とはこれ以上のパワーでは一気に疲労が高まってしまう、ぎりぎりの強度といったイメージを持ってもらおう(詳しく知りたい方はTips「乳酸閾値(LT)とMLSS」に記事のリンクを張っている)。

この乳酸閾値で巡行できるのが、おおよそ1時間前後である。(参考1)

つまり、乳酸閾値 = FTP と捉えることができる。

乳酸閾値では血中の乳酸値が一定であるものの、呼吸数や心拍数、それにRPE(主観的運動強度)が徐々に高まっていく。疲労のサインである。

そしてこの3つ(呼吸数、心拍数、RPE)のサインは乳酸閾値強度なのか、それ以上なのかで推移が大きく変化する。乳酸閾値以上だと、その数値の上昇度合が格段に高まる。(参考2)

逆を言えば3つのサインの上昇度合が一定以内におさまっていれば、乳酸閾値内であると判断できる。よって呼吸数、心拍数、RPEの3つのサインから乳酸閾値(= FTP)を見定めようというのが、今回ご提案するテストのコンセプトである。



テスト実施方法

30分間、強度一定(設定値は以下に記載)で巡行し、RPE(主観的運動強度)を5分ごとに記録。テスト後に評価判定を行う。以下、詳細を記載した。

<用意してほしいもの>

  • スマートトレーナー(峠道などでもできなくはない)

  • パワーメーター

  • 心拍系

  • RPE(主観的運動強度)をメモするための紙やペン、スマホ

RPE(主観的運動強度)。数字が高いほど辛い。0.2刻みが良い。


<設定値> 

以下、いずれかの設定値でテストを実施。

現在ご自身のFTPを知っている方
→その値でテスト

推定FTPが少し高いのでは?と感じている方
→FTP×0.90-0.95あたりのパワーで実施してみる

現在のFTPがどれくらいか不明の場合
→下の図を目安に設定


<測定>

  1. ウォーミングアップを行う(任意)

  2. 設定値で30分巡行する

  3. 5分ごとにRPEを記録(5, 10, 15, 20, 25, 30分の計6回)


<評価方法>

以下に示す下限値と上限値の範囲内におさまっていると、乳酸閾値(=FTP)に近い数値である。(下限値 < FTP < 上限値という解釈)

【上限値】
以下のうち少なくとも2つ当てはまれば、上限値以内と評価。但し、どれかが明らかにオーバーしている場合は上限値以上の可能性がある。

  • 開始10分後と30分後のRPEの差が1.0以下

  • 30分後の心拍数(or25-30分経過後の、最も高い心拍数)が最大心拍数の90%以下

  • 呼吸数が1分間に45回以下(= ケイデンスと同期もしくはそれ以上になっていない)

※呼吸とケイデンスが同期している場合、吸う→吐くが右ペダル踏む→右ペダル踏むと同じリズムになる。ケイデンス90rpmの場合、呼吸数は90÷2=45回/分となっている。

【下限値】
少なくとも2つ当てはまると下限値以下、つまり設定値が低い可能性あり。

  • 10分後と30分後のRPEの差が0.6以下

  • 30分後の心拍数が最大心拍数の85%以下

  • 呼吸にあまり変化がない(辛くないし、早まってもいない)

【判定】

  • 下限値 < 結果 < 上限値:FTPに近い。この強度で1時間巡行できる。

  • 上限値 < 結果:FTPを超えている可能性が高い。

  • 結果 < 下限値:今回の設定値は少し低い。高めで再トライ。


なお、判定基準は個人によって調整可(実施を重ねるとおおよそが掴める)。というのも今回の評価基準は論文のデータを元にしているが、私の主観による修正も行っている。

皆さんに合った判定基準を設定することで、より正確な推定値が得られるだろう。


<次回テスト時の設定値>

  • 上限値 < 結果だった場合:次回は5-10w下げて実施

  • 下限値 < 結果 < 上限値でまだ余力があると感じた場合:次回5-10w上げて実施

  • 結果 < 下限値だった場合:次回は5-10w上げて実施

  • 体力が上がったと感じている場合:5-10w上げて実施


またRPEは最低限10分後と30分後さえあれば良いので、峠道などで実施する際には2点(10分後、30分後)でのRPEを記憶しておけば評価可能だ。(5分ごとに記録しておく方が、後々結果を振り返る際に便利ではある)



留意事項

◆5-10wで調整してほしい理由

テストは乳酸閾値(正確にはMLSS:最大乳酸定常)のラインを見定めることが目的である。

今回参照している乳酸閾値に関する研究では、出力パワーが10w違うことで血中乳酸値を一定に保てるのか、上昇基調で推移していくかが変わってくることが示されている。(下図)

参考2

つまり、いきなり10w以上変化させてしまうと乳酸閾値を見誤る可能性が高い。

例えば200wでテストを実施し、

下限値 < 結果 < 上限値

に結果がおさまったとしよう。しかし、まだ余力があると感じるので15w上げてみた結果、上限値以上の体のサインが出た。そのため私の乳酸閾値(= FTP)は200wだろうとしてしまうと、やや過小評価している可能性が高くなる。

パワーを下げる場合も同様である。大きくワットを変化させると、結果をどう評価すれば良いかが難しくなってしまう。

このようなことがないよう、5wもしくは10wほどパワーを変化させて体の反応を確かめるのが良いだろう。


◆RPEをモニタリングする意味

1時間乳酸閾値で巡行した場合、心拍数や酸素摂取量など体の種々の機能はかなり高い水準となり、何とか平衡状態を保っている。(参考1)

また主観的な辛さは徐々に高まり続け、ラストは限界近くに達している。

つまり1時間の最大強度の巡行は、フィジカルに加えてやはりメンタルにも左右される。

そのためRPE(主観的運動強度)をモニタリングしている。

主観(楽、中くらい、辛いなど)は人それぞれだが、それを数値に換えて表すと、徐々に数値が高まっていくのが常である。

今回のテストは30分だが、実際に1時間走るとなると30分以降(後半)で疲労がグッと押し寄せてくる。

このことを考えると、今回のテスト(10分と30分のRPEの比較)でRPEの数値がかなり増えてしまっている場合は警告サインだ。そのような強度では1時間ももたない可能性が高い。

以下の記事では、メンタルの影響を研究した論文をご紹介しているので、興味のある方はご参照いただければと思う。



Tips

◆このテスト、どれくらい辛いのか?

問題はここである。一体このテスト、どれくらい辛いのか?

辛さ判定は人によって様々なのではっきりとは言えないが、私の感覚で言えばテスト30分経過時のRPEは「4:ややきつい」と「5:きつい」の間になることが多い。

RPE(主観的運動強度)の目安
1:とても軽い
2:まあまあ軽い
3:中くらい
4:ややきつい
5-6:きつい
7-10:とてもきつい

例えばVO2maxインターバルメニューやランプテストを実施する際、私の場合終了時にはもはや「9:ほぼ限界」である。

今回と同様の強度で30分巡行が行われた研究においても数値は「5:きつい」前後であり、私の感覚は恐らく一般的な範囲である。(参考2)

テスト実施のハードル(身体的、メンタル的)と得られる情報(大雑把なFTP)を天秤にかけても、かなりコスパはいいと感じている。

「この強度で1時間走れる。」と思える値を獲得できるのは、メンタル的にかなり安心材料になるはずだ。


◆半年行ってみた感想

こうやってご紹介するからには、やはり自分自身での検証は欠かせない。

私はここ半年、このテスト方法を何度も実施し、その中で赤城山ヒルクライムなどにも参加し検証を試みた。

赤城山ヒルクライム時に出力した結果と、その直前に行った測定は以下のようにかなり近い値であった。

  • 今回のテスト法:推定FTP255w

  • 赤城山ヒルクライム時1hパワー:250w(1時間以上巡行している中での数値で、推定と比較してもかなり妥当なラインである)

あくまで私の場合ではあるが、今回ご紹介したテスト方法でうまくFTPを推定できる。

デメリットとしては、初めの1回だけではうまく推定できない可能性が高い

というのも、体の反応(呼吸、心拍、RPE)が大きすぎず、小さすぎないドンピシャの値を初めてのテストで得ることは難しい。

感覚的には、5-10wの調整を行えば3回目にはしっくりとくる数値になるはずだ。それ以降は方法にも慣れ、かなり融通の利くツールとなるだろう。

そしてこのテスト方法のいいところは、毎回3つの指標(呼吸、心拍、RPE)を記録しているので、過去と比較できる。FTPが右肩上がりに成長し続けられる人は恐らく稀なパターンで、仕事や体調の問題で体力が下がることも多いに考えられる。

そんなとき以前行った設定値で同じようにテストを行えば、その時点での体力レベルを推し測ることもできる。

トレーニングの一環として定期的に行えるので(強度的にも、モチベーション的にも)、自分自身の成長を実感しやすいとも感じる。

そういったプラスの材料が多いことから、皆さんにご紹介することで役に立てるのではないかと考えた。


◆乳酸閾値(LT)とMLSS

今回は乳酸閾値(LT)や最大乳酸定常(MLSS)について詳しく説明できていない。以下の記事に記載しているので、ご参照願いたい。



おわりに

以上、簡易的なFTP推定方法をご紹介してみた。

今回紹介したテストに限らず、テストというものは関連のある指標から知りたい物事を推定する仕組みだ。

20分テストやランプテストではあなたの最大に近い有酸素能力からFTPを推定するし、今回のテストでは乳酸閾値で見られる体の反応からFTPを推定している。

そのためどのようなテストにおいても、人によって誤差が発生することは避けられない。むしろピタッとを言い当てられる方が珍しい。

よって知りたい情報(ここではFTP)を探る手段はたくさん持っておいて損はない。

今回のテスト法のご紹介はFTPを探る手段を増やしてもらうことが主旨であり、テストから良い推定値を得られるようどうアジャスト(微調整)していけるかが、皆さまご自身の力の見せ所だ。

自信の持てる推定値を得られる工夫は、素晴らしい知恵である。

是非、活用してみてください。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


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参考文献

この記事は以下の論文を参考にし作成しました。

  1. Baron, B.(2008). Why does exercise terminate at the maximal lactate steady state intensity? British Journal of Sports Medicine, 42(10), 528–533.

  2. Iannetta, D. (2018). Metabolic and performance-related consequences of exercising at and slightly above MLSS. Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports, 28(12), 2481–2493.

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