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#32 FTPテストの結果はMLSSパワーよりも高くなりやすい

MLSS(Maximal Lactate Steady State:最大血中乳酸定常状態)という用語にまつわるシリーズ第三弾は、実際にFTPとMLSSの測定を行った論文をご紹介します。

もちろんこの記事だけで完結している内容ですので読んでもらいたいですし、前の2つの記事も読んでもらえると嬉しいです。




MLSS(Maximal Lactate Steady State)について

MLSSとは日本語に訳すと血中乳酸定常状態といった意味になります。

血中乳酸値はある強度を境にして、乳酸値が一定の状態を維持できるか上昇基調に変わるかという変化が生じます。人によってこの転換点となる乳酸値は変わってくるのですが、おおむね2-8mmol/Lのどこかにあるようです。

この転換点を乳酸閾値(LT)と呼び、特に個人によって転換点となる血中乳酸値が違うということを強調するためにMLSS(Maximal Lactate Steady State)という用語が使われます。

更に詳しくは、下の記事をご参照ください。


MLSSとFTPは同じものなのか?

FTPという指標を作ったコーガン博士の著書「パワー・トレーニング・バブル」には、FTPについて以下のように書かれています。

FTPは選手が疲労しないで1時間出し続けることができるパワーの最高値です。FTPを超えたパワーを出すとすぐに疲れ始めますが、FTPよりも少し下であればずっとそのパワーを維持できます。

パワー・トレーニング・バイブル p70

人によって捉え方が変わってくる箇所が「疲労しないで」というワードです。

たとえば「疲労しないで」を「脚を止めない」や「パワーを弱めない」といった言葉で解釈すれば、タイムトライアルのように全身全霊をかけて1時間走れるパワーになります。

一方で多くの研究者は「疲労しないで」を、「ホメオスタシス(恒常性)を崩さないで維持できるパワー」という意味で採用し、たとえば血中乳酸値を一定の状態に保てるパワーといった意味合いになります。

トレーニングを行う上では体の生理学的な応答をもとにゾーンを分けることが大切になりますので、後者の「血中乳酸値を一定の状態に保てるパワー」つまりMLSSがFTP強度であるとの認識が適しているように思います。

現在ではパワーメータの普及もあって、わざわざ研究所に出向かなくても20分FTPテストなどをいつものコースやスマートトレーナーで実施でき、ご自身のFTP値を知ることは容易になってきています。

しかし、近年になってFTPテストで測ったFTP値は本当にMLSSと同じなのか?という疑問が多くの研究者によって発せられるようになりました。

今回の論文は、その疑問に答えるために検証を行っています。


FTP20分テストでFTPパワーを、MLSSテストでMLSSパワーを測定

男性12名、女性6名の一般サイクリストが検証に参加しています。参加者は全員FTP20分テスト、それにMLSS測定テストを実施してそれぞれのパワーを比較しました。なお、FTPは20分テストの平均パワー×0.95の通常の計算でのパワーを採用しています。

テストの結果、

  • FTP(95%20分テスト):平均261w

  • MLSS:平均244w

となり、FTPはMLSSよりも7%、ワットでいうと7w上回る値となりました。

以下の図もご覧ください。縦軸に(MLSS - FTP)の値を、横軸は両者の平均値(あまり意味を深追いしなくて大丈夫です)を示しています。

この図の縦軸0の地点がFTPとMLSSが等しかったという場合です。0ラインを青点線で示していて、その線よりも下ならFTPの方が高く、その線よりも上ならFTPの方が低かったという見方です。

2人を除いてFTPの方が高くなっており、平均するとFTPの方が17w高いということを示しています。


FTP20分テストで計算されるFTPはMLSSよりも高くなりやすい

上の図が今回ご紹介した論文のハイライトです。今回の検証で、多くの人にとってFTP20分テストで計算されたFTP値は高くなる傾向があることが分かりました。

ZwiftなどではFTP自動検知機能があると思います。詳細は分からないのですが、もし20分間の平均パワー×0.95で算出しているとした場合、今回の検証と同じパターンですのでやはり高めに判定されている可能性はありそうです。

ランプテストの結果もzwiftでは×0.75でFTPが計算されているようですが、それだとやはり高く見積もる可能性が研究より分かっています*1。

今回の結果はFTPが170-300wあたりの人に当てはまるような結果でしたので、多くの一般サイクリストやトライアスリートに当てはまると考えられます。

一点、プロサイクリストのように非常にFTP値が高い方は20分テストとMLSSの値が近いものになりやすいといった先行研究もあることが考察で述べられています。


どうやってMLSSを知ればいいの?

20分テストやランプテストの結果がもしかすると信用できないならば、ではどうやって適正のFTP値、つまりMLSSパワーを知ればよいのでしょうか?

その研究は現在進行形で、まだ確固とした方法はないのが現状のようです。

しかし代替案もなくFTPテストを否定する記事を書くのは違うなと感じましたので、前回のレビュー#31で一つの提案を行わせていただきました。

皆さんの日々のトレーニングがより豊かなものになるよう、情報が更新されれば、それも記事にして皆さんにお伝えできればと考えています。

是非今後の記事も読みにきてくだいね。

最後までお読みくださりありがとうございました!


1. Baron, B., Noakes, T. D., Dekerle, J., Moullan, F., Robin, S., Matran, R., & Pelayo, P. (2008). Why does exercise terminate at the maximal lactate steady state intensity? British Journal of Sports Medicine, 42(10), 528–533. https://doi.org/10.1136/bjsm.2007.040444


ご紹介した論文

Inglis, E. C., Iannetta, D., Passfield, L., & Murias, J. M. (2020). Maximal lactate steady state versus the 20-minute functional threshold power test in well-trained individuals: “watts” the big deal? International Journal of Sports Physiology and Performance, 15(4), 541–547.

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