【ショートショート】フォロワーが減った。

***
その日は、一日じゅう「心ここに在らず」の状態だった。

SNSのフォロワーが1人減った。
ただ、それだけのことに、心を締め付けられるような思いがした。


このアカウントを使い始めてはや6年。
とかく、流動的に人と繋がったり離れたりがある、SNSでの人間関係。
フォローされたり外されたり、フォローしたり外したり…。
そんなことを繰り返しながらも、最初は地元の友達数人しかフォローしていなかったこのアカウントも、何百ものアカウントと相互フォローになる程度には成長した。

そんな中、このアカウントを作って間もない頃から、ずっとフォローしてくれていた人がいた。
きっかけは、自分が当時観に行ったライブの感想をつぶやいたら、ハッシュタグ検索で見つけてくれたのか「ファボ」してくれて、そのままフォローもされたこと。
その人のつぶやきを軽く遡ってみて、年齢が近そうなことや、自分と同じアーティストが好きなこと、仕事も自分と似た分野のようであることが判り、なんとなく話が合いそうだなと思い、フォロバした。
「フォロー有難うございます!これからよろしくお願いしますね~」なんて、社交辞令じみた挨拶も交わして。

それからというものの、時折、そのアーティストや、仕事に関するつぶやきを自分がすると「いいね」が飛んできて、相手が同じような話題のつぶやきをしていると、自分もそれに「いいね」をして…そんな関わりが続いた。
リプライするのは、せいぜい互いの誕生日や、昇進とかおめでたい事があった時ぐらい。
遠慮や敬遠をしていたワケではないけれど、会話のスレッドが長蛇のごとく連なるほどガツガツ話したり、同じライブに行くときに「会いましょう!」と約束したりするまでには、なぜか至らなかった。

ただ、アーティストの衣装や新曲で好きなところや、自分が仕事やプライベートで上手くいかなかったことをつぶやいたときに、「通知」欄にその人が「いいね」したことが書かれていると、何故か妙に嬉しかったり、安心感を覚えたりした。
自分の、何かを好きだと思う気持ちや、後ろ向きな気持ちに共感してもらえていることに、不思議と有難みを覚えた。

そんな人のアカウントが、ある日忽然として消えた。
気づいたのは、自分のアカウントのフォロー/フォロワー数がそれぞれ1ずつ減っていたのを見たことと、最近タイムライン上でその人のつぶやきを見なくなったこと。
もしかして…と思い、その人のアカウントIDで検索をかけると

「このアカウントは存在しません」

の文字が。
1か月もすると、完全にアカウントが削除されたのか、ID検索しても何も出てこなくなった。

別に、その人が亡くなったりしたワケではない。
ご本人は今も健在だろうし、単にイチSNSのアカウントが消えただけ。
それなのに、何故かその人がもうこの世界には居ない気がする。
何かの拍子に会える可能性が全て失われたような気がする。
そういえば、ちょっと前あたりから転職を考え始めていたようで、元気無さそうなつぶやきが増えてきていたな。
エールを送る気持ちで「いいね」していたけど、リプライやダイレクトメッセージで直接お話できていたら、何かしらの救いになったのか?
時々するキレの良いつぶやき、面白くて好きですなんてことも、ちゃんと伝えていたら思い留まってくれた?
今頃どこで何してるんだろう。元気にされているのかな。


今でもこうして、うわの空で考えに耽ることがある。
そんな自分の意識を現実に呼び戻すように、何かが割れた音が耳に突き刺さる。
音がしたほうを振り返ると、スーツのズボンがコーヒーの飛沫で汚れたサラリーマン風のお客に、店員さんがペコペコと頭を下げながら、周囲を掃除していた。
2人の足元にはコーヒーがこぼれ、カップの破片が辺りに散らばっていた。
おそらく、店員さんが食後のモーニングコーヒーを運んできたときに、手が滑ってカップを地面に落としてしまったのだろう。
入社以来、出社前の朝食がてら行きつけにしているカフェだけど、こんなトラブルに見舞われるのも珍しいな。
それにしても、あのお客さんもこれから出社だろうに、スーツが汚れてしまってどうするのだろう。
店員さんと共にお互い上手くやってくださいな…と、心の中でエールを送り、カフェを後にした。


***
ついこないだ、SNSのアカウントを消した。
きっかけは、転職活動と、当時の職場での業務が逼迫し、SNSを見る元気すら出ない程度にまいってしまったこと。
当時は繁忙期も繁忙期で、夜遅くまで残業。
疲労を感じつつ帰宅し、そこから求人情報を調べたり、履歴書を作成したり転職活動を進め、さらに必要最低限の家事もちゃんとこなして…
そんな中で以前ほどSNSを見る時間も無くなり、いざ開いたときも

「ここにきて現職の業務増えすぎ…転職活動に時間がとれないつらい」

なんて、後ろ向きなつぶやきを残すのみ。
最近こんなつぶやきばかりなので、フォローしてくれている方たちにも申し訳なく思うことが増えてきた。

でも、そんなつぶやきに対して毎回「いいね」してくれるフォロワーさんがいて、それが自分の気持ちを鼓舞してくれるので、ついついそんなつぶやきもしてしまう。
このフォロワーさん、もう相互フォローになってから6年近く経つよな…。
きっかけは何だったか忘れたけど、きっとお互いよく話題にする、あのアーティスト関連のつぶやきだろう。
そうだ、そうだ。思い出してきた。そんな感じがしてきた。
いつか、開場でばったり会えたら嬉しいなと思いつつ、相手はそんなこと言ったことがないし、自分から言うのもちょっと気が引けるよな…。
自分と似たような職種のようだし、話せたら気が合いそうだけどな。

だけどやっぱり、後ろ向きな気持ちを言葉に残すことで、自分がずっと後ろ向きな気持ちに支配されてしまっている気もするので、一度このアカウントは削除しよう。
色んな思い出も詰まっているアカウントなので、削除するのもなかなか勇気が要るけど、落ち着いたらまた作り直して復活すればいい。
きっと、あのフォロワーさんはまたフォローしにいくだろうな。
じゃあ、そんなわけで一旦みんなサヨナラ!

それからというものの、転職活動は成功し、ついに本日が出社初日。
ここが新しい職場の本社ビルか…どんなところなんだろう。
不安もあるけど、期待のほうが大きい。
そういえば、まだアカウント作り直してなかったな。今日帰ったらやるか。
転職しました!なんて報告もちょっと載せて。

そんなことを考えているうちに、目の前の歩行者用信号が青になった。
意気揚々と一歩を踏み出した。


…あっ。
さっきこぼされたコーヒーのシミ、どうしよう?

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