Scene.0x : 終わりの夜、始まりの朝
いつも買っていたチョコ味のソイミルクが品切れている。こんな夜中にストロベリーという気分でもないし、ソイでないただのチョコレートドリンクをカゴに入れる。
夜中のスーパーマーケットは、昼間のよりは好きだ。スーパーの所帯っぽい感じが、夜中というだけで少し薄れる。客層の問題だろうか。目を刺すほど不自然に明るい蛍光灯も、夜中なら許せる。
夜中であるという特別性は、たいていの過剰を包み込む。
買うのはほとんど加工食品だ。こんな時間のスーパーに生鮮食品を期待していないとかそういうわけではなく、僕の嗜好とライフスタイルを満たすのは加工食品ばかりだからだ。
ライフスタイルなんてかっこよくいっても、料理をするのが面倒なだけだが。
ソーセージにベーコンにパンにヨーグルト。加工食品でないのは卵くらいのものだ。牛乳も鉄分添加の加工乳。この不自然な味が好きだ。
明日、仕事が休みなわけではない。定時から出社だが、もはや僕が定時にいなかろうと、あの会社でそれを気にする人はいないだろう。
皆、僕にはもう何も期待していない。戦力外だと皆の空気が語っている。
明日はもう会社にいかず、このまま人生もやめようか。そういう決断をしたら、僕は今カゴに入れている加工食品たちを買わずに帰るのだろうか。その時、カゴの中の食品をいちいち棚に戻して買えるだろうか。もう死ぬとなったら、どうなんだろうか。
感極まって、こんなスーパーのカゴなど床に投げ捨てて、卵が全て割れるのも気にしないで、大声で叫んで走り出して、そんな風にしてみたいけれど、
多分僕はきっとこれらの食べ物を買って、家に帰って冷蔵庫に詰め、それから身の振り方を考えるのだろう。もし死ぬという結論に達したとしても、その後のことだ。
死なない場合の言い訳は何にしようか、と考えて、死なないのに言い訳なんて必要ないはずなのに、と考えた。生きることはただ生きることのはずだ。
でも今の世の中、生きるのには理由が必要だ。理由もなく生きてるやつは死ね。空気がそう言っている気がした。
夜中の店内にはBGMもない。現実感が薄れていっている。エナジードリンクの冷蔵庫を開けたら、機械が唸るようなヴーンというがした。このノイズが僕の耳だけに聞こえているのではないといいのだが。
レジに品物を出すと、女性が無言でスキャンを始めた。もし今が夢なら、どこからが夢なのだろうか。何年も前に僕はとっくに死んでいるのかもしれない。
それは願望なのかもしれないが、よくわからない。エナジードリンクを飲んだら何か変わるだろうか。自分がもう死んでいることに気づけるだろうか。
おはようございます、と帽子をかぶった男性が店内に入って来た。台車に乗っているのはたくさんのレタスだった。
多分僕はまだ生きていて、世界は回っている。レジの女性が、おつかれさまです、と小さく言った。
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