赤沼夕時

Akanuma Yu-doki / ショートショート・掌編小説を書いています

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マガジン

  • 短篇小説:変境日誌

    誰かのふつうは、誰かのとくべつ。ショート・ショート小説『変境日誌』シリーズです。

  • 短篇小説:ソーシャルディスタンス

    COVID-19下でのショート・ショート集です。

  • 映画・音楽・小説

    レビューや感想です。

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魚餌の町 (変境日誌/掌編小説)

或る町についた。 都市部に隣接するベッドタウンで、明朝この町で急な取材が入ったため、今夜は前乗りすることにした。 この町には大きなショッピングモールがある。飼っている熱帯魚の餌がなくなってしまったので、このモールにあるペットショップで調達することを計画していた。先に夕食をとっていたら遅い時間になってしまい、閉店間際の店に滑り込んだ。 平日の夜で、客はまばらだった。初めて来る店だったが、欲しい餌はそう珍しいものでもない。こういった大きめのチェーン店ならどこでも売っている。

    • 私の骨/掌編小説

      夕方、テレワークの息抜きに、近くの池まで散歩に出た。七月の陽射しも陰りはじめ、池のほとりのベンチに座ってぼんやり水面を眺めていた。 すると水の底から、何か白い物体がゆらゆらと上って来た。ぷかっと水面に顔を出したそれは、骨だった。 それから三十分ほどで、辺りは騒然となった。池から白骨が出たらしい、と近隣から野次馬が集まってきた。僕が届け出た警官は「人骨かどうかわからない、一応本署で調べてもらう」と言って、回収班が来るまで僕は骨と一緒に待たされることになった。 黄色いテープ

      • 2022年と22世紀/雑記

        身辺に変化があった時、書けなくなる人と、逆に書けるようになる人と、いると思う。いや、人じゃなくて時なのかもしれない。書けなくなる時と、書けるようになる時が、一人の人の中で存在するのかもしれない。ポジティブな変化だったら書けるようになるとか、ネガティブな変化だから書けないとか、そういうことでもないのだろう。何が書くアクセルになるのかは、書く生活をもうしばらく進めてみないと自分にはわからないようだ。 2021が終わりを告げて、2022という聞き慣れない年がやってくる。昭和生まれ

        • 洞穴/掌編小説

          気がついたらこの暗い穴の中にいた。もうどれくらいここにいるのだろう。周囲の地形は手探りでしかわからないが、そう大きな空間ではないようだ。時折物音が聞こえる。音はぼやけてよくわからないが、もしかしたらこの壁はそう厚いものでもないのかもしれない。 ここの温度が快適なのは幸運だった。不思議とその温度が保たれているので、生命の危険を感じずに生きていられる。快適と言ってもいい。 しかし意識はずっと朦朧としている。自分の現状がまるで把握できない。自分はだれで、ここに来る前はどこにいて

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        魚餌の町 (変境日誌/掌編小説)

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          10本
        • 短篇小説:ソーシャルディスタンス
          6本
        • 映画・音楽・小説
          3本

        記事

          下着/ショートショート

          「昔って普段、マスクつけないで生活してたらしいよ」 出し抜けに彼がそう言うので、私は赤面してしまった。 「ちょっと、やめてよ……」 そういう話をすることで私の気持ちを揺らそうとしているんだろうか。 「でも、別に恥ずかしいことじゃなかったんだって。例えば、食べるところなんて人には見せたくないでしょ?」 「当たり前じゃない、恥ずかしい」 中学生の時、担任の先生が教室でマスクを外してお弁当を食べているのを偶然見てしまったことがある。私は慌ててドアを閉めたが、相当にバツが悪

          下着/ショートショート

          助けの舟/ショートショート

          なぜ私がこの島にいるのかといえば、どうやら乗っていた釣り船が転覆したらしい。まったく、できもしない釣りになど行くのではなかった。定年後の趣味がほしいなんて話を飲み屋の常連仲間にしたら「それならアナタ、釣りですよ」なんて言われて。その気になってノコノコ付いていくんじゃなかった。結果がこの有様だ。 この島は無人島らしい。流れ着いたのは私だけのようだ。もうどれくらい経つのか、髪はボサボサ、髭もひどく伸びてしまった。他の人たちは助かったのだろうか。あの釣り船の船長や、私を誘った常連

          助けの舟/ショートショート

          Scene.0x : 夥しさを飲み込めない

          結婚を決めて、夫の実家に挨拶に行った時、少し怖くなったのを覚えている。 夫の実家は私の行ったことのない県の郊外にある一軒家で、新幹線から在来線を乗り継いで行った。玄関に着いてチャイムを鳴らすと父母二人で出迎えてくれて、茶の間に通された。 畳の部屋に低いテーブルが置かれていて、その一辺に来客用の座布団が敷かれていた。反対側にお父さんの座椅子が置かれていて、脇には茶箪笥があって、その近くにお母さんの座布団が置かれている。テーブルの真ん中にお茶菓子の、皿というのかトレーというの

          Scene.0x : 夥しさを飲み込めない

          Scene.0x : 犬が座ってスマホが震える

          犬がその場に座り込んでしまって、できれば私も座り込みたいと思った。 今は朝の9時で、仕事に行く人はもう仕事に行ってしまって、仕事に行かない人は家にいるか、早めの買い物に出かけたりする時間で、保育園の子ども達が散歩に連れられて来たりしている。 私は朝食を済ませて、在宅勤務の開始前にジョンを散歩に連れて行くいつものルーティンをこなそうとしている。別に必ずこの時間にやらないといけないわけじゃないのだけれど、散歩に連れて行かないと家の中で走り回るので、仕事の前に連れて行った方が落

          Scene.0x : 犬が座ってスマホが震える

          Scene.0x : 静けさの匂いと複合的決断

          今日も客は誰もやってこない。エプロンなどしなくてもいいのだが、これを取ってしまったらもう本当に誰も来ないような気がして外さずにいる。カウンターのこちら側で、使ってもいないカップを磨いている。 店にはテレビもラジオもない。ステレオだけを置いている。古いジャズなんかをかけたいが、最も多く来てくれる高齢の女性に「なんだか辛気臭いわ」と言われてから、70年代のソウルミュージックを小さめのボリュームでかけている。 そういえばあの女性もぴたっと来なくなった。亡くなったのだろうか。引っ

          Scene.0x : 静けさの匂いと複合的決断

          Scene.0x : OLD & NEW

          「何考えてるの」  グラスをゆらゆら揺らしながら、中の液体を口に運ばない彼女に僕は言った。 「何でもいいじゃない」 「そういう態度は、こういう場所にはあってるね」  こういう、少し薄暗くて、ピアノトリオのジャズが流れてるような場所には。 「そういうもの?」 「こういう場所では、質問をはぐらかしてもいいものさ」  僕はといえばチビチビと液体を口に運んでばかりいる。 「僕だってこういう場所では、もっと堂々としていたいけどね」 「すればいいじゃない」  カウンターに肘をついて猫背に

          Scene.0x : OLD & NEW

          Scene.0x : 終わりの夜、始まりの朝

          いつも買っていたチョコ味のソイミルクが品切れている。こんな夜中にストロベリーという気分でもないし、ソイでないただのチョコレートドリンクをカゴに入れる。 夜中のスーパーマーケットは、昼間のよりは好きだ。スーパーの所帯っぽい感じが、夜中というだけで少し薄れる。客層の問題だろうか。目を刺すほど不自然に明るい蛍光灯も、夜中なら許せる。 夜中であるという特別性は、たいていの過剰を包み込む。 買うのはほとんど加工食品だ。こんな時間のスーパーに生鮮食品を期待していないとかそういうわけ

          Scene.0x : 終わりの夜、始まりの朝

          Scene.0x : 窓の外、カップの中

          少し白めにミルクを入れたコーヒーを置いて、外の景色を眺める。特に変わった景色じゃない。いつもの商店街だけれど、カフェの窓で切り取ってもらうとそれなりに、いいものに感じる。 雑なパッケージに入ったお菓子だってソーセージだって、それなりのお皿におけば少しは気分が上がるものだ。 閉店まで三十分だと言われたけど、甘めのコーヒーを補給したくて入店させてもらった。コーヒーがほしかったのか、三十分の空白が欲しかったのかわからない。なるべくスマートフォンに手を伸ばさないようにして、それで

          Scene.0x : 窓の外、カップの中

          白鷺 (ショートショート小説/TO-BE小説工房 佳作)

          公募ガイドの阿刀田高先生選考ショートショート小説コンテスト「TO-BE小説工房」にて、二度目の佳作を頂きました。 お題は「待ち合わせ」。家の川に近くにやってくる白鷺を題材に書きました。 彼はいつも何匹もの鴨たちと一緒にその川にいて、白鷺は留鳥(渡り鳥の反対の意味で、渡らない鳥をこう言う。ということも最近知りました。カルガモも留鳥)だそうで、渡り鳥の鴨たちとはどういう関係なんだろう、などと考えていたことを話にしました。 公募ガイドONLINEに全文掲載されています。 会員

          白鷺 (ショートショート小説/TO-BE小説工房 佳作)

          課金の町 (変境日誌/ショートショート小説)

          或る町に着いた。 駅の改札を通る際、手持ちのスマートフォンにアプリケーションをインストールさせられた。アプリに表示されるコードを改札機に読ませ、ゲートを出た。 この町での決済は、このアプリを使って行われるらしい。駅に並んだドリンクの自動販売機にも、改札機と同じ読み取り機がついていて、このアプリを読ませて後々決済するシステムのようだ。 訪問先の友人からは住所をもらっていたが、それなりに距離があるので、駅を出たらタクシーを拾った方がいいと言われていた。 普段なら長く歩くの

          課金の町 (変境日誌/ショートショート小説)

          リモコリモコン (ショートショート小説/TO-BE小説工房 佳作)

          9月に初めて選外佳作を頂いた、公募ガイドの阿刀田高先生選考「TO-BE小説工房」にて、今回は佳作をいただけました。 「リモコン」のお題で、リモコンの必要性に翻弄される老人の話を書きました。 佳作からは公募ガイド本誌に名前が載ります。小さくとも初めてペンネームが世に出たので、TwitterやInstagramもこの名前でやっていくことにしました。 公募ガイドONLINEに全文掲載されています。 会員限定ページへの掲載ですが、よろしければ下記のリンクからご一読ください。

          リモコリモコン (ショートショート小説/TO-BE小説工房 佳作)

          ダイナー (小説 3/3)

          (前回はこちら) https://note.com/aka_yj/n/nfe9b57223fc3 彼女のパンケーキはまだ来ない。僕は顔を上げ、彼女の顔を見た。僕の前の、絶妙に焦げ目のついたソーセージを見ていた彼女は、僕の視線に気づいた。 彼女はちょっと呆れたように笑って「どうぞ。先に食べなよ」と言った。僕が口をつける許可を求めたと思ったようだ。それには応えず、僕は彼女の目を見続けた。彼女は違う空気に気づいた。 「なに?」 「僕は今、幸せだと思ってる」 「急にどしたのよ

          ダイナー (小説 3/3)