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峯尾 和「魔女」(『蠱毒』収録)より冒頭部

 私、勝元美代と申します。××町で薬屋を営んでおりまして、薬剤師をやっております。  毎朝七時に目を覚まし朝ごはんを食べたあと、薬屋の準備をして午前十時には薬屋を開けておるんです。  店番は私と息子の二人で行っております。まあ、私ももう歳ではありますが、まだまだ息子が頼りないものでねえ。  私は昼の十二時になると一旦お昼を食べるために引き上げるのですが、息子一人で店番をさせていると心配ですから、急いでご飯を済ませてお店に戻るんですのよ。  ──ご飯ですか? もちろん私

    • 木苺「盗撮」(『蠱毒』収録)より冒頭部

       一分十九秒。  それは、左波のスマートフォンが動画をとらえた時間。  左波のスマートフォンが、窓の隙間に立てかけられていた時間。  わずか五センチメートルの隙間、その向こう側。  窓の向こう側は、女子更衣室だった。    その時、彼らはT県の片田舎、Y市にいた。  彼らの通っているK高校では、一年生の夏は決まって隣県の海辺で臨海学校を行うのだ。海に面したY市の保養施設を借り切って、二泊三日で遠泳やスイカ割りなどのイベントが催される。街中にあるK高校の生徒にとっ

      • 勅使河原 山頭火「道具」(『蠱毒』収録)より冒頭部

        「──利用者の名前は里田一美。二年前の八月に更新で認定を受けて要介護3。認知あり。今度の八月にまた更新の調査がある」  ××市にあるマンションの一室。事務机が二つ並び、その上にはコンピュータやプリンタ、電話機などの事務用品、吸殻が山のように積まれた灰皿、そして日に焼けた青本や赤本が置かれている。男は鋭い目を一枚のコピー用紙に落としながら言った。疲労やストレスの痕が色濃く蓄積されたその顔は、五十代にも、六十代にも見えた。 「そう。じゃあ四宮のジイさんに話をつけといて。認定調

      峯尾 和「魔女」(『蠱毒』収録)より冒頭部