あかいくつ(作家)

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  • 読み切り短編小説集

    原稿用紙10枚以内で完結するあかいくつのオリジナル短編小説をまとめました。ジャンルは日常の物語やSF(少しだけ不思議な)物語が中心です。

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短編小説「珍しい病気」

 コウスケは自宅でカレーを作っていた。最近になって自炊をするようになり、料理の楽しさを知った。料理本とかを買うほどではない大雑把な性格のため、目分量とその時の気分で具材を追加していくのがコウスケ流だ。だからカレーも普通ではない。カレールーを入れて煮込んでいる最中に、わさびや辛子、キムチや唐辛子をとにかく詰め込んでしまっている。 「リョウが来るまで、あと少しだな。よし」  コウスケはこれからやって来るリョウに対してちょっとしたイタズラを仕掛けようと思った。その予行演習を一人二役

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    • 短編小説「カッフェー」

       恋人の沙織との喧嘩ほど精神と体力を減らすことはないな。同棲するあのワンルームから逃げるようにこのカフェに入店して1時間ほど経つのに、俺はまだイライラしている。  イライラしている時は関係ないことにも苛立ってしまう。例えば、俺の席から通路を挟んで向かいの席にいる女子2人。歳は20代後半といったところか、チーズケーキを完食しておいて「私、ダイエットするって決めたの」じゃねぇよ。  そして後ろの席の男子大学生集団。同じサークルの女子をランク付けしている場合か。鏡見てこい。特に蛍光

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      • 短編小説「緑に染まるように」

         小学生生活最後の夏休みは汗と絶交したくなる季節だった。何もしていないのに昇仙峡の滝のように流れてくる。午後3時の河川敷でサッカーをしようものなら昇仙峡の滝はナイアガラに変わる。実際、ナイアガラを見たことはないのだけれど。  こんなに暑い思いをするのはジョージのせいだ。ジョージが「最後にみんなでサッカーをしたい」なんて言わなけりゃこんなことにはならなかったんだ。もっと言えば、ジョージが転校することにならなきゃ良かったんだ。  みんながジョージの転校を知ったのは7月になったば

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        • 短編小説「魚からの景色」

           平日の午前中に病院にいるなんて僕にとっては非日常だ。風邪をひいてしまった。少し気持ちが落ち込んでいる。  病院の待合室の隅で小さくなりながら、僕は番号札38番が診察室前のモニターに表示されるのを呆然と待っていた。 「番号札21番でお待ちの方、診察室へお入りください」  僕が呼ばれる頃には昼に近くなっていることだろう。  社会人になってから数年、カレンダー通りに自宅と職場を行ったり来たりの生活を送っているが、なんとまあつまらないことだろう。何かに情熱をかけることをほとんどし

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        短編小説「珍しい病気」

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        • 読み切り短編小説集
          25本

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          短編小説「ソドシドレラレ」

           胸を張って自慢できる何かを、中学生の僕は常に探していた。勉強も、運動も、人間関係も、なんだか中途半端で宙ぶらりんな状態だった。  あと2ヶ月で3年生になろうかという時期に、クラスの思い出を残そうということでクラス文集を作ることになった。一人一人がA4用紙1枚に1年を振り返って作文を書き、全員分をまとめて1冊の冊子にすることになった。僕も1年間を振り返って林間学校や学園祭などの思い出を書き綴った。  出来上がった文集にはクラスメイトが各々の思い出を書き綴っていた。僕と同じよ

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          短編小説「ソドシドレラレ」

          短編小説「俺を振り向かせて」

           俺は誘惑と必死に闘っている。日曜日の昼下がりの行きつけのカフェにこんな誘惑が舞い込むなんて誰が予想できたか。俺が誘惑と格闘している様子を向かいの席に座る親友のユウキがニヤニヤしながら見ている。  ユウキはスマホを操作し、俺にメッセージを送ってきた。  “絶対振り向くなよwww”  俺はさらにムッとしてメッセージを返さず、ユウキを睨んだ。そんな俺にお構いなくユウキはニヤニヤしている。  そんな時、店員を呼ぶチャイムが鳴った。  男性店員は俺の後ろのテーブルで立ち止まったようだ

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          短編小説「俺を振り向かせて」

          短編小説「話を聞かせてくれないか」

           休日ということもあり、私は今まで購入してきた本を古本屋へ売ることにした。手放す本の多くは学識専門書で、表紙を見ただけでどんな内容だったか瞬時に思い出せるものや、知見を深められると期待したものの残念な結果になってしまったものが選ばれた。職業柄、そういった学問の専門書はよく読む方で、有名な大学教授や精神科医が書いた本をたくさん購入していた。有名だからといって参考になるかは別物だなと何度感じたことだろう。  小型犬なら2匹は楽々と入ってしまいそうな大きめの紙袋に売る本を詰め込んで

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          短編小説「話を聞かせてくれないか」

          短編小説「ベランダからの視線」

           夜風が心地良い。  作業机前にある窓を開けた時にそう思った。私は部屋に入ってくる夜風に髪をなびかせながらアコースティックギターを抱えた。  1つ1つの弦を軽く弾いてチューニングをする。微妙な音の変化に耳をすませるこの時間は何気に好きである。  次に取り出したのは歌詞ノート。私のオリジナルソングがページごとに記されている。歌詞の上には赤くアルファベットのコード譜を書いて、これを見ながら弾き語りをする。  私は歌詞しか書いていないページを開いた。これからこの歌詞にメロディをつ

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          短編小説「ベランダからの視線」

          短編小説「ぐるぐるホリデイ」

           午前7時12分に目が覚めた。  5月の朝はちょうどよく冷たいから好きだ。私はカーテンを開けて朝日を身体全部で受け止めた。なんて気持ちがいいんだろう。  今日はスーツを着なくていい日、つまりお休みだ。  最近、在宅ワークが増えた。6畳ワンルームのこのプライベート空間が仕事場になってしまうのだから、私物と仕事の物で散らかるのは自然なことである。読みかけの小説、仕事用の資料、積み上げられたビートルズのCD、ToDoを書いたポストイット。ああ、それから洗濯物も溜まってるな。  私

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          短編小説「ぐるぐるホリデイ」

          短編小説「バスが来るまで」

           日中降り続いていた雪は夜になると止み、カラフルだった街を白くした。すっかり夜が馴染んだ街では、人々は電気も消していた。  白くなった住宅街の道を幹太と美咲は歩く。二人の他には誰も見かけない。  雪で道端は埋められてしまい、二人は道の真ん中を歩いた。会話もなく、ただ白い息だけが溶けていく。車も通らない、人影も無い。  美咲は大きめのリュックを背負い、両手を上着のポケットに入れて歩く。幹太は手に持ったスケッチブックを落とさないように両手で抱えて歩く。  そんな空気が気まずかった

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          短編小説「バスが来るまで」

          短編小説「コインランドリーと君と手紙」

           午前6時18分に目が覚めた。  俺は布団に包まったままベッドの近くで充電しておいたスマートフォンに手を伸ばした。いつもはアラームを午前6時30分にかけているのだが、今日はそれよりも早く起きることができた。今日の予定を確認する。午前中は依頼されている脚本の執筆、午後は夕方まで何もなく、夜はファミレスでアルバイト。  俺は隣で寝ているユキに視線を向ける。少し口を開けて寝息を立てている。その顔がまるで3歳児のようで微笑ましいといつも思う。  6畳ワンルームに2人暮らし。少し狭いよ

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          短編小説「コインランドリーと君と手紙」

          短編小説「こびりつく焦げ」

           秋は意外と寒かった。 日曜日の朝、世間の人々が活動し始めるのを少し遅らせる日に、三上優子は自分に覆い被さる布団を剥がし、ベッドから出ようとしたがすぐさま寒さに負けた。 ベッドから出たくない理由は他にもあった。 突然、ピンポーンと大音量が鳴り響いた。 スマホのアラームだ。優子はスマホの画面を確認し、アラームを消した。時刻は9時47分。 なぜ中途半端な時刻にアラームをセットしたかといえば、キリのいい数字だと次のキリのいい時間まで寝る理由を付けてしまい

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          短編小説「こびりつく焦げ」

          短編小説「ボクの字」

           年末の大掃除で自宅の倉庫から埃を被った書道カバンが出てきた。僕が小学生の時に近所の教室で習っていた時に使っていたものだ。懐かしさに負けて掃除を中断し、カバンの中を探ってみた。渇ききった筆、墨の塊がこびりついた硯、ひとつひとつ取り出すたびに懐かしさが込み上げてくる。  でも、当時の僕は書道が嫌いだった。  毎週水曜日の放課後、みんなが友達と遊びに行く中、小学2年生の僕は2歳上の姉と一緒に書道教室へ行くことになっていた。  書道を始めたきっかけは姉の「字を丁寧に書きたい」とい

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          短編小説「ボクの字」

          短編小説「さらば」

           大学の頃の演劇サークルの先輩から数年ぶりに連絡を貰った。先輩は大学を卒業してからは就職をしないで、アルバイトをしながら役者を目指している。  先輩からの連絡といえば、先輩が出演する舞台の観劇の誘いがほとんどだった。はじめのうちは先輩の舞台を観に行っていたが、僕も就職活動に忙しかったり、田舎の地元に戻って社会人になってから仕事に慣れるので必死だったりと、次第に先輩の舞台を観に行くことはなくなっていった。  僕には先輩みたいな勇気は無くて就職をしたけれど、先輩は相変わらず夢を追

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          短編小説「さらば」

          短編小説「左回りの目覚まし時計」

           久しぶりに会った亜衣は相変わらず甲高い声だった。 「超久しぶり〜!!」と言えば、ポケモンのトゲピーの鳴き声と間違うほどだ。  亜衣とは小学生から中学生まで同じ学校で、家も近所なので毎日一緒に登校する仲だった。高校生の頃は別々の高校だったが、都合がつけば数ヶ月に1回会っていた。亜衣と会うのは成人式以来で、今日再会するまでに5年の月日が流れていた。 「未央、変わらないね〜!歌手活動はどう?」 「まあまあかな」  私は高校卒業してから歌手になりたくて上京した。亜衣や他にも仲の良か

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          短編小説「左回りの目覚まし時計」

          短編小説「6番ターミナルより」

           やはり金曜の夜は賑わいを見せる。甲府駅南口のエスカレーター前を歩いている時にふと思った。  私はそのままバスターミナルへと向かおうとしたが、まだバスの出発時刻に余裕があるので、コンビニに寄って緑茶を買った。コーヒーにしようかと思ったし、小腹が空いた時のためにお菓子でも買おうかとも思ったが、トイレに行きたくなったらと考えると気が引けた。  コンビニ内と外の気温は明確な違いがあり、意識して呼吸すれば白くなって夜に溶けていく。もう少し日が経てばイルミネーションの灯りに心躍るだろう

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          短編小説「6番ターミナルより」