【要約】天野知香「「装飾」の潜在力」(2019)美術フォーラム21 第40号

【要約】

本稿は、美術フォーラムの特集「「装飾」の潜在力」にあわせて執筆された論考である。本稿では、ルネサンス以降から近代、現代までの装飾や文様の捉え方や解説したうえで、1970年代という時代は美術(特に絵画)や装飾について大きく価値を変えようとした転換期にあたると考察している。その中で1970年代に活躍したがアメリカの美術評論家エミリー・ゴールディンを紹介している。
エミリー・ゴールディンは同時代に活躍した、論考でと他のポストモダニズムの批評家しては、モダニズムにおいてタブーとされていた(絵画をはじめとした)装飾性を擁護する意見を主張していることである。例えば、1967年「毛織りのシャツを着た芸術」ではモダニズム芸術の不自然さを論じ、1969年の「深い芸術と浅い芸術」では自己表現や個性をハイやディープアートの特徴として捉え、その一方でハイアートやディープアートの反対項であるロー、シャローアートの特性の中に、パブリックアートやヴァナキュラーな特性、そして手仕事による要素を見出してその表現の可能性を指摘している。また、ロザリンド・クラウスやルーシー・リパードが指摘したモダニズム絵画の特徴の一つ「パターン」における「グリッド」についても、言及している。絵画にみられるパターンは、モチーフそのものの意味を破壊し、イメージの力、モチーフの力を奪う。それはすなわち、装飾化を意味し、自己主張しないモチーフの無関心性の表現につながる。自己表現や個人の表現を目指したモダニズム絵画における矛盾が、パターンの表現からみられることを指摘している。

【学術的意義】
本稿は、美術フォーラムの特集企画に寄せて執筆された。「「装飾」の潜在力」とタイトル付けられた企画概要やこの企画に寄せられた論考を紹介する序文の役割をしている。
しかしながら、丁寧に読み解かれた19世紀から現代にかけての装飾の捉えられ方は、装飾を「他者」としてみなす天野知香の研究による深い理解から生まれたものである。広い社会性を持つ装飾そのもの自体、美術史(特にモダニズム)においてあまり語られてこなかったが、現代美術においてその社会性や歴史性が改めて語り再評価することが可能ではないかと思われる。
エミリー・ゴールディンは、1970年代中心に活動した美術批評家であるが同時期に活躍したロザリンド・クラウスやルーシー・リパードに比べてあまり注目されていない。しかしながら、当時タブーとされた装飾性についての言及は、作品における装飾性について新たな知見を与えるものである。

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