あらびあ語譚

がたん、と重たい音がした。安っぽいコーヒーの匂いが漂ってくる。埃の混じったような、頭痛を想起させる匂い。大学の匂い。
ちらりと左を覗くと、上回生の男子がホワイトボードを眺めながら缶コーヒーを机に置いたところだった。ホワイトボードには、先生の流麗な筆致でアラビア語が綴られている。文学部にはお金がないのか、ホワイトボードマーカーすら満足に補充されていない。薄い筆跡を見つめながら、読めないな、と思った。そもそも何の話をしているのか分かっていない。一瞬一瞬の話は理解できるけど、先生が何を説明してくれようとしているのかはちっとも掴めない。眠いのだ。
私の下手なアラビア文字は居眠りしながら書いたように見える。実際少し眠い。昨夜、3時くらいまでかかってアラビア語の課題を仕上げたからだ。そして1限。そしてこのあとは5限まで授業がない。我ながら阿呆な時間割だと思う。
先生はいつも濃いグレーの上着を着ている。詰襟というのか、学生服のようなデザインだから、旧制高校の生徒に空目する。毎回だ。いい加減慣れればいいのに、うとうとして、ふっと醒めるたびに驚いている。あ、また寝ている。
眠い。眠い。カフェインのいっぱい入ったコーヒーが飲みたい。でもカフェインって本当に効き目があるんだろうか。分からない。効果があるとずっと言われてるから、きっとあるんだろう。長い長い歴史があるのだから。
あぁ、そうだ。コーヒーもイスラーム圏のものだ。スーフィーの眠気醒ましだっけか。宗教者と言えど、やっぱり眠気には対策が必要だったのか。当たり前だな。私も眠くなるわけだ。

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