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【短編小説】ブルームーン

「決めた。もう、終わりにしよう」
天井との話し合いに結論が出て、私は勢いよくベッドから起き上がった。

******

彼と出会ったのは15年前。
25歳の時、大阪支店から東京本社に異動してきた2つ上の先輩。関西弁の明るいノリが楽しくて、あっという間に恋に落ちたっけ。
2年後、彼が大阪に戻ることになって一時は遠距離恋愛に。
「東京大阪? 近い近い!」
彼はそう言って笑い飛ばしたけど、結局続かなくなって5年で別れた。

その後ずっと音信不通だったけど、彼が会社を辞めて独立するという噂を耳にして、久しぶりに電話をかけてみた。
「俺も今、理沙に電話しようと思うてたんや。気が合うなぁ」
相変わらず調子いいんだから! と苦笑いしながらも、その陽気なノリが何だか懐かしくて。
「東京で一旗揚げたる!」という彼と、ヨリを戻した。

私はずっと同じ会社でキャリアを積み、12人の部下を率いるマネージャー職に就いていた。独立して東京に出てきた彼は、経費の節約とか何とか言って私のマンションに転がり込んだ。
「ねえ、事業の方は順調にいってるの?」
「まあ、ボチボチでんな」
「ふざけないで答えてよ」
「ふざけなくても、ボチボチよ」
「ふうん、そうなんだ」

彼は秘密主義なのか何なのか、仕事の話は全くしてくれなかった。ちょっと突っ込んで聞いてみても、あの調子ではぐらかされる。私に心配をかけまいとしているのかもしれないけど、何だか寂しいし、腹も立ってくる。
そんなモヤモヤした気分が続いていたある日。

「理沙、お金貸してくれへんか?」
「お金って、いくら?」
「100万・・・・・・いや、50万でええわ」
「はあ? 何言ってんの、そんな大金」
「頼む! 来月絶対返すから」
「・・・・・・出てって。荷物まとめて、ここから出てってよ!」

私は完全にキレて、彼をマンションから追い出した。私が本気だってことを察知したのか、彼は「お世話になりました」と頭を下げ、あのドアから出て行った。

私は結婚したかった。何だかんだ言っても大好きだった彼と。それに、私をこの歳まで待たせた責任を取ってもらいたかった。
彼と別れて、私は焦り始めた。子供の頃から夢見ていた幸せな結婚。子供は2人欲しい。できれば最初は男の子で、次に女の子。そんな夢を叶えるための期限は、もうすぐそこに迫っていた。

私は複数の婚活サイトに登録した。
「異業種交流会」という名の結婚相手探しパーティーにも足繁く通った。
そんなある日、パーティーで聞き覚えのある名前を耳にした。

「近藤隼人って、最近よくビジネス雑誌に出てる人でしょ?」
「そうそう、青年実業家の。その近藤隼人が主催する異業種交流会があるんだって」
「へえ、なんか面白そう」
「でしょ? いい物件たくさん来そうじゃない?」
「うん、しかもね、近藤さんもまだ独身なんだって」
「ウソ、独身なの?」

近藤隼人。
たぶん、アイツだ。
私を35歳まで待たせた挙句、お金を貸してくれと言って去った男。
あれから事業は上手くいったみたいだけど・・・・・・私には関係ない。
少しざわついた心にシャンパンを流し込んだ。

******

「いらっしゃいませ」
「こんばんは。カウンター、いいですか」
「どうぞ、こちらへ」

何度か来たことのあるBAR。
照明が暗めで、静かにジャズが流れていて、一人で考え事をするのに丁度いい場所だ。

「お飲み物は、何になさいますか?」
「うーん、どうしようかな。何かオススメありますか?」
「そうですね、お酒の強さと、今日の気分を教えていただければ、お作りしますよ」
「お酒は結構強いです。気分は・・・・・・ちょっとモヤっとしてます」
「かしこまりました。それでは、お作りいたします」
「お願いします」

そろそろ諦めようか、とも思う。
40歳を目前に必死になって婚活をしている自分に嫌気がさしてきた。結婚して、子供を授かって、幸せな家庭を築くという夢。その夢って、こんなに必死になって追いかけなきゃいけない夢なのかな?

シャカシャカシャカシャカ・・・・・・
肩より少し上の位置で勢いよく振られる銀色のシェイカー。結露を纏ったシェイカーから美しい紫色の液体が、華奢なカクテルグラスにゆっくりと注がれる。

「お待たせしました。ブルームーンです」
「うわぁ、綺麗・・・・・・」

色はブルーではなく、淡い紫色。スミレの香りが鼻をくすぐる、甘い香り。少し口に含むと、ジンのキリっとした苦味が甘さをうまく抑えているのが分かる。

「美味しい」
「ありがとうございます」

青い月という名のカクテルは、ロマンチックで、ちょっと切ない感じ。

「ブルームーンという言葉には、実は色々な意味があるんですよ」
「え? 青い月って意味だけじゃなく?」
「はい。まず《極めて稀なこと》という意味で使われています」
「なるほど。確かに青い月なんて見たことないし」
「そして、《その月の2回目の満月》のことをブルームーンと呼びます」
「あ、それ、どこかで聞いたことあるかも」
「さらに、カクテル言葉として」
「カクテル言葉?」
「はい、花に花言葉があるように、いくつかのカクテルにはカクテル言葉というのがあるんです」
「へえ、知らなかった。で、ブルームーンのカクテル言葉は?」
「《出来ない相談》です」
「出来ない相談?」
「はい。例えば、私が女性を誘ってBARに行ったとします。私はその女性に好意を持っています」
「はい」
「そこで、彼女がブルームーンを注文したら」
「?」
「あなたとはお付き合いしたくありませんという、彼女からの暗黙のメッセージになります」
「うわあ、怖い」
「怖いですよね」

マスターとお喋りしながら飲んでたら、すっかり気分が楽になった。
隼人のことは忘れよう。私は私。もう少しだけ夢を追いかけてみよう。

******

それから、約1年後。
私はまた、隼人とヨリを戻していた。最後の望みを賭けて婚活に精を出していた私は、異業種交流会で隼人と再会してしまったのだ。隼人は相変わらずお調子者だったけど、一人前の青年実業家になっていた。ブランド物のスーツを着て、愛車はメルセデス。都内のタワマンで悠々自適に暮らしていた。

「やっぱり俺には理沙が必要なんだよ」
そんな言葉に私はまんまと乗せられてしまった。
でも、彼には結婚する意志は全くなかった。それどころか、経済力をつけたことで女遊びのし放題だった。
「本命は理沙だから」なんて言いながら、若い子を連れて海外出張三昧。私と誰かを間違えてメッセージを送ってきたことも何度かあった。

婚活仲間で5つ年上の先輩は、こう言って私を慰めた。
「経済力があるから女遊びもできるのよ。そこだけ目をつむって、あなたも好きなだけ遊んだらいいのよ、彼のお金で。そのくらい腹が据わってれば、かえって彼も安心して、婚姻届けに判を押すかもよ?」

冗談じゃない。
私の夢は「幸せな家庭を築くこと」なのよ。
そんなカタチだけの結婚、いったいどこが「幸せ」だっていうの?
私はもう40歳。どちらにしてもタイムリミット。
結婚に執着するのは、もうやめにしよう。

******

「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「お連れ様は、まだ見えていないようです」
「そうですか」

今夜、彼に最後の別れを告げる。長すぎた春に終止符を打つんだ。

「お待たせー」
「うん、そんなに待ってない」
「そかそか、よかったよかった!」

いつも通りのお調子者。
そんなところがちょっと可愛くて好きだったけど。

「さて、お飲み物は何になさいますか?」

よし。ここで私は、あのカクテルをオーダーする。

「ブルームーン・・・・・・」
「ブルームーンを・・・・・・」

え?

2人の声が重なり、2人の目が合った。

・・・・・・え?

「なんや、お前もか」
「うん、そう」
「そか。もしかして、お前もマスターに相談してたんか?」
「うん」
「いやぁ、マスターも残酷なお人ですわぁ」
「ほんとねぇ」

申し訳なさそうに下を向いて手を合わせるマスターを軽く睨んでみる。
隼人も私も、2人の関係のことをマスターに相談してた。そして隼人も私も「別れ」を決断した。
悩んでたのは私だけじゃなかった。隼人もきっと同じくらい悩んでた。そう思ったら、何だか心が軽くなった。

「よっしゃ! 俺と理沙の未来に、ブルームーンで乾杯しよう!」
「そうね」
「乾杯!」

私は明日から、新しい夢を探してみよう。いろんな柵を手放して、私が一番幸せでいられる何かを見つけよう。

今夜の月は、青く見えそうね。

FIN

【BLUE MOON】
◆ベース:ジン ◆テイスト:ミディアム(中口)
◆アルコール度数:中程度 ◆作り方:シェイク

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