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愛情って積み上がらないんだね

付き合いはじめの彼氏と私はお世辞にも順調とは言えなかった。彼は「彼氏」という役割をまっとうするのがひどく重荷だったらしく、そのことで随分当たられもした。今まで付き合ってきた人がくれたような思いやりからくる愛情、そういうものを彼はくれなくて、セックスの回数を重ねても、わたしはいつも愛情に飢えていた。

でも、待っていても仕方ないから、まず最初に私から彼に与えることにした。

彼用のお箸、スリッパ、寝巻きをわたしの家に用意した。帰省した時には彼の大好きな地酒を買った。バレンタインは簡単なクッキーだったけど大喜びしてくれた。
他にも、ふたりで作ったごはん。寝るまで頭を撫でること。外では絶対手を繋ぐこと。雨の中、体調不良の彼にお見舞いを届けたこと。

愛情を伝え続けていれば、いずれ彼の態度は柔らかくなると信じていた。与えられるのを待ってちゃいけない、まず与える、見返りを求めない、そういうことエーリッヒフロムも言ってた気がする。がんばれ、わたし、がんばれ。

彼は少しずつ優しくなった。好きという回数も増えて、すぐにセックスを始めることもなくなった。そういうことのために呼んでるんじゃないからと、部屋に来たわたしにキスもせず、ただ膝に乗せてお喋りをする時間もあった。間違いなく幸福な時だったし、彼はたしかに優しかった。

でもそれは、わたしが「静かで大人しい彼女」でいるうちだけだった。

価値観の違う2人の人間が付き合うのなら、そこには多少の譲り合いが発生するものだと思う。不満を伝えて改善することも時には必要だ。でも、わたしに何かを指摘されることを彼はすごく嫌がった。俺に指図しないで、俺は何も我慢したくない、なんで言いたいことを我慢しなきゃいけないの。

誕生日に花屋の前を通って、お花欲しいなら買おうかって言ってくれたその口で、わたしのことを面倒くさい、うざいと罵る。可愛いと言ってくれたその口で、泣いてる顔がブスと言う。髪をすいてくれた手は、今はわたしを拒絶する。

「わたしはあなたの敵じゃないんだけどな。そんなに怒らなくてもいいじゃんか」
心の中に寂しさが募る。

「せっかく丁寧に愛情を積み上げてきたのに、わたしが余計なことを指摘したから全部崩れちゃったね」
人より自分を責める方が楽だ。


でも、きっと、そうじゃないんだ。
積み上げていると思っていたのはわたしだけで、彼の中にはなんにも積み上がってなんかいなかった。どれだけ愛のある時間を過ごしても、喧嘩になるたびに彼は変わらず私を責め立てた。日常と争いを繰り返した果てに、自分の愛情や努力が徒労に終わったことを悟った。別にどれだけ彼を愛そうが、彼の態度に物申した時点でわたしは彼女であっても即、彼の敵になるのだ。

穴あきバケツに水を注ぐように、コンクリートに雪が染み込むように、わたしの愛情は彼の中になんの爪痕も残していなかった。与えた分の愛情が、喧嘩の時の盾になってくれると思っていたのに、そんな仕組みではなかったみたい。


でもさ、わたしは馬鹿だからまた信じたくなるんだよね。次こそはうまくいくって。私の言い方が悪かっただけ、彼も寝不足で疲れてただけ。次会う時はふたりとも笑えてるって信じたいよね。でないとさ、あの時楽しかったのが全部全部嘘になっちゃうじゃん。

まだ嘘にはしたくないよ。
また笑って抱きしめてほしいよ。

愛情ならいくらでもあげるからさ。

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