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息をするように本を読む95〜楡周平「Cの福音」〜

 ある日、今日はどなたか全く読んだことのない作家さんの本を読んでみよう、と図書館をウロウロしていたときのこと。
 ふと目にとまった本を手に取った。

 楡周平さん。
 どこかでお名前をお見かけしたことがある。
 文庫に挟まれている新刊紹介か、もしくは新聞の書評だったか。
 ハードボイルドアクションとか、経済小説を多く書かれていると紹介されていたように思う。

 手に取った本のタイトルは「Cの福音」。
 デビュー作らしい。
 
 パラパラっとめくると、ハードボイルドっぽい感じ。何だか面白そうな予感がする。
 よし、これにしよう。

 結論から言うと、予感は当たりだった。
 めちゃくちゃ面白い。
 ただ、どなたにもお薦めできるかというと、それは少し、悩む。

 始まりの舞台は、クリスマス休暇の真っ最中のニューヨーク。
 ケンタッキーから観光でやってきて、マンハッタン島をぐるりと一周するクルーズ船に乗っていた中年の夫婦が、川に浮かぶ死体を見つけるところから物語は始まる。
 
 死体はアジア人男性。身元のわかるようなものは何も所持していないが、身なりは決して悪くなく、おそらくはニューヨークのどこかの企業で働く商社マン、といったところか。
 ただ、かなり末期のコカイン中毒患者、ジャンキーだったらしい。死因は急性薬物中毒。
 地元警察がすぐにわかるだろうとたかをくくっていた、この男性の身元は、果たしてなかなか判明しなかった。
 
 日本でも最近はさまざまなドラッグ、麻薬にまつわる犯罪は増加の一途にあり、ニュースを賑わせているが、一部の国々、アメリカやメキシコ、コロンビア、その他に比べるとまだまだ。
 麻薬シンジケートからすれば、これからいくらでも『開拓』の余地のある処女地というところか。
 いろんな意味で平和ボケだの、危機管理が赤子同然だのの謗りを受ける日本で、なぜ大規模麻薬犯罪が蔓延、とまでなっていないのか。
 それは、日本人が潜在的に持つ、薬物やそれを扱う人間への嫌悪感、恐怖感によるところが大きい。(昨今はだいぶ薄れてきているようだが)
 それから、船便や航空便で海外から入ってくる貨物の輸入通関手続きが煩雑で厳格だということもある。
 
 この物語の主人公は、まだ年若い日本人青年。
 海外生活が長く、軍隊式の訓練や格闘技の鍛錬もしているため身体能力は抜群、しかも、学歴はハーバード大学卒業の秀才。
 どこを見てもバリバリのエリート、なのだけど。

 しかし、彼には別の顔があった。いや、むしろこっちが本物なのか。
 アメリカの大きな麻薬シンジケートのメンバー。それもトップ直属。
 
 縁あって、マフィアのボスの秘蔵っ子、息子代わりとなった彼は、未だ未開拓の巨大な市場、日本に目を向けた。
 そして、その優秀な頭脳と卓越した行動力で水も漏らさぬ完璧なネットワークを構築する。そのネットワークの中には、先ほど述べた日本の通関システムさえも組み込まれている。

 物語が進むにつれて、彼が作ったネットワークがいかに完璧なものか、徐々に明らかになってくるのだけれど。

 この物語には『いい人』は全く登場しない。(いわゆるモブキャラ、は別にして)
 どいつもこいつも、100%人間のクズ、と呼んでもいいようなやつばかりだ。(その最たるものが主人公なのだけど)
 だのに、引き込まれるように読んでしまうのはなぜだろう。
 
 この冷たいほど淡々とした文章のせいか。
 この主人公があまりにもスマート(?!)に危なげなく完璧に業務をこなしていき、絶対に、失敗しないであろう安心感からか。

 やってることは犯罪で、それもなかなかに、いや、相当に非人道的で。
 決して彼に共感も感情移入もしないのだけれど、なぜか、彼の行動から目が離せない。
 
 人は、特に女性は、完璧な悪役に弱い、とはよく言われること。
 現実世界で、こんな人たちに出会うことはない、ないと信じたい。
 そう思うからこそ、楽しめる虚構の世界、ではある。

 この、とんでもない主人公、この作品だけで終わりかと思ったら、やっぱり、楡周平さん、わかっていらっしゃる(?)。
 彼を主人公にした作品があと3冊もあるとのこと。
 
 何でも、次巻ではこのミスター・パーフェクト・ダークヒーロー(?)の主人公がCIAにはめられて、国際テロ組織と対峙するとか。
 そして、当然のことながら、主人公の好敵手となるべき正義漢のジャーナリストも登場し(彼自身が主人公の巻がまた別に2巻あるらしい)、ラストはその対決も見られるとか。

 世界を股にかける何でもありの、ハードボイルドアクション。
 そうそう、こうでなくちゃ。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 今まで読んだことのない作家さんとの、新しい出会いには、いつもわくわくする。
 お楽しみは、まだまだこれからだ。

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