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息をするように本を読む 5〜児童文学「まぼろしの巨鯨シマ」〜


 ごく幼い頃は、読む本を自分で選んでいたわけではなく、父が会社帰りに買ってきてくれる児童書を読んでいた。


 父がどういう基準で選んでいたのかはわからない。父が買ってきてくれる本たちの中には、いかにも定番の「若草物語」「十五少年漂流記」「宝島」「路傍の石」などの他に、最近ではあまり書店で見かけないものもたくさんあった。


 もう手元にないし、大部分は忘れてしまったが、今でも覚えている作品が何冊かある。なんせ50年近く昔のことで、登場人物やストーリーもところどころ曖昧だが、ときどき、何かのきっかけで記憶がよみがえる。


その中の1冊「幻の巨鯨シマ」(北村けんじ作)。
 捕鯨で生計をたてている(おそらくは)和歌山の海辺の村に住む少年が主人公の物語だ。
 漁は船団を組んで鯨を追いたてて囲んでから銛打ちが銛を打ち込んで弱ったところを、一人が海に飛び込んでトドメをさして仕留める、というものだったから、時代はかなり昔のことだと思われる。


 村には船持ちの長者がいて、絶対的権力を持っている。捕まえた鯨は長者とその周囲のほんの僅かな者が独占し、漁師たちに渡るのは少しだけだ。
 鯨漁師たちにも階級があって、それは生まれた家で決まっている。 
 羽刺(はざし)というのが漁師の頂点で、それぞれの船に1人いて、銛を打つ。


 主人公、カイズという名前だったと思う、その父親は勢子(鯨を追い込む船の乗員)で、カイズが幼いときに、漁師たちからシマと呼ばれて恐れられている巨大な鯨との闘いで船から落ちて亡くなり、カイズは今は母親と2人で暮らしている。
 カイズにどれだけ度胸と技量があっても
羽刺にはなれない。ガチガチの階級社会なのだ。
 
 カイズには2人幼馴染がいて、1人は羽刺の跡取り、1人は孤児だ。
 境遇も性格もまるで違う3人は助け合ったり、ぶつかり合ったり、庇い合ったりして成長していくのだが、彼らの思いとは別のところで大人たちの勢力争いや様々な思惑に巻き込まれ、翻弄される。

 そして、やがてシマとの遭遇と対決によってそれぞれの運命が動き出すのだ。


 鯨漁の描写がすごくて(語彙力よ)、迫力があり、引き込まれて何度も読んだ。
 ラストも本当に圧巻で、子ども心にも衝撃だった。挿絵もすごかった。(再び語彙力よ)
 社会の理不尽への怒りとか、海に生きる者の矜持や意地とか、今ならこうした言葉で言い表せることも、当時はどう表現したらいいか分からなかったけど、ちゃんと感じていた。

 子どもにだってわかるのだと思う。そのときはわかっていないようでも、心のどこかに刺さっているのだ。

 印象に残っている児童書は他にもたくさんある。
 まあ、その話はいずれまた。

 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 子どもの頃の出会いに深く感謝する。


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#児童書 #まぼろしの巨鯨シマ