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息をするように本を読む84〜藤原伊織「テロリストのパラソル」〜

 1960〜70年代に吹き荒れた嵐。
 全共闘。学生運動。大学紛争。
 この頃の私はごく幼かったので、詳しいことは知らない。
 この時代については、いろんな人がいろんなことを言ったり書いたりしていているが、未だ評価が定まっていないように思われる。 
 もしかして、評価などできるかどうかの判断も難しいのではないかと思う。
 もはや歴史の1ページだとノスタルジーの種にしてしまうのも、そういう時代だったからと言ってそれを免罪符にしてしまうのも、愚かなことだとバッサリと断罪するだけ、なのも、少し早すぎる気がする。
 その時代の空気や熱(と、言っていいものならば)を見、体感していない私にはどうこう言えることでは決してないのだろう。

 東大紛争のあった年、この物語の主人公、菊池はその渦中にいた。彼にどれほどの主張があったのか、それは詳しく描かれてはいない。
 が、そこまでの強い信念があったようには、思えない。どちらかといえば実力行使がメインで、論理的に考えることは他のメンバーに丸投げし、恬淡としていたタイプだったようだ。
 安田講堂が落ち、全共闘側が段々と勢いを失って活動が下火になると、彼と彼の仲間たちは運動から抜けた。
 やっと新しい生活を始めて2年後、彼はある事件に巻き込まれ、結果的に警察に追われる身になる。

 それから22年、菊池は過去から逃れ偽名を使い職を転々とした。
 物語の中の現在、1993年、新宿の場末のバーで住み込みの雇われマスター兼バーテンをしている。そしてその間に、彼は『正真正銘の』アル中になっていた。
 朝10時に目覚め、新宿中央公園まで歩き、そこで芝生に寝転がって持参したウイスキーのボトルを空け、夕方に帰宅して店を開ける毎日。肝臓が悲鳴をあげるのが先か、路地裏で倒れて野垂れ死するのが先か。

 そんなある日、その新宿公園で大規模爆弾テロ事件が起きた。
 死傷者数70人を超える大惨事。
 そしてその死者の中に、菊池の昔の仲間の名があった。これは偶然か必然か。
 
 その日を境に菊地は、過去の亡霊と否応なしに対峙させられることになる。

 
 著者はずいぶん前にこの作品で江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞した。
 審査員たちの評価は満場一致で高得点。
 一様に、その構成、キャラクター造形、読者をいつのまにか小説世界へ引き込む文章力、を称賛した。

 ジャンルとしては、いわゆるハードボイルド、ということになるのだろう。
 叙情的な物語が少し苦手な私には、およそ愛想のない、このぶっきらぼうな乾いた文体が心地よい。そして、ちょっと古くさい(誉めています)昔の映画のような定番の登場人物たちの言葉のやり取り。これもいい。
 
 解説に書かれていたが、本書が話題になったとき、一部では「全共闘世代のオジサンたちだけが喜んでいる自己満足小説」などという酷評もあったそうだ。
 でも私には、著者は別に全共闘時代を主軸にした物語を書きたかったわけではないのではないか、と思える。
 著者の意図はそこではなく(全くない、とは言えないが)、著者の書きたい世界観や人物像を表現するのに、あの時代あの世代の人間たちを使うのがピタリとはまっただけなのだろう、と思うのだけど。
 まあ、これも私の勝手な思い込みかもしれない。著者はもう16年前も亡くなっているので確かめることは出来ない。
 
 物語が始まってすぐ、菊池がホットドッグを作る場面がある。彼の店の、アルコール以外の唯一のメニューだ。
 別に何か特別な材料があるわけでもないし、特別なコツがいるわけでもない。
 作っている手順の描写も、他のところと同じ、淡々とぶっきらぼうな文章。
 だけど、これがなぜかやたらと美味しそうなのだ。
 そう感じたのは、私だけではないらしい。

 この小説は、以前にも紹介させていただいたかなこさんの記事で知った。
 このホットドッグも。
 我が家では「テロリストのホットドッグ」というネーミングで休日の昼食の定番メニューになっている。
 これを作る菊池は、実はテロリストではないのだけれどこの名がすっかり定着してしまった。
 かなこさんの作るホットドッグはパンも手作りで、とても美味しそうだ。おそらく本家の菊池の店のものよりずっと美味しいのでないかと思われる。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 テロとは。
 広く恐怖または不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動。
 
 これも私にはずいぶんな言い分に思えるが。

 しかし、この物語のテロリストを残酷で非人道的な犯罪へと突き動かしたのは、揺るぎない主義主張でも譲れない信条ですらもなかった。
 
 絶対に越えられない、敵わない(と思う)相手への抑えきれない嫉妬と、憧れとない交ぜの激しい憎悪。永遠に失われたものへの独りよがりの惨めな執着。
 そこには何の大義もない。
 獲得できないものは破壊するしかない。
 私は誰であれ、そんな身勝手な言い訳など決して認めない。

 それにしても。
 この主人公、菊池は女にやたらとモテる。
 古今東西、こういう破滅型の男に女性が惹かれるのはなぜなのだろう。
 こんな男は、テロリストとはまた別の意味で危険で面倒、かもしれない。

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#藤原伊織 #ホットドッグ

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