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番外編【創作】Ⅳ

 このお話はフィクションです。
 すっかり寒くなりました。
 今年最後のお話です。

 ちょっと温まっていきませんか。

*温かな魔法*

 朝の予報のとおり、日が落ちてくると窓の外では木枯らしが吹きはじめた。

 真佐子は、棚の奥からカセットコンロを出して食卓に置き、土鍋をのせた。
 白い陶器製で藍色の蓋、普通の土鍋より高さがあり、少しポッテリとした丸みを帯びた形をしている。
 真佐子は蓋を開けて鍋の中に水が入っているのを確認し、カチッと音を立ててコンロの火をつけた。

 この鍋は今日、初めて入った雑貨屋で購入したものだ。
 いつもの買い物の帰り道、小さな雑貨店があるのに気がついた。
 こんなところにこんな店が、と思って中を覗き込むと、拭き掃除をしている店主らしい老婦人と目があった。老婦人がニッコリと会釈する。
 真佐子も会釈を返した。
 ふと、棚の上に置かれた白い土鍋に目を引き寄せられた。
 よく見ようと店に入り、近くで眺める。深い藍色の蓋が美しい。
「あら、お目が高いこと」
 真佐子が振り返ると老婦人が近寄ってきてその鍋を棚から下ろし、店中央のテーブルに置いた。
「この鍋は、魔法の鍋なんですよ」

 魔法?
 
 老婦人の説明によると、この鍋に水を入れて蓋をして、火にかけて煮立たせるだけで美味しい料理ができると言う。
「え、水だけ? それだけで?」
 真佐子の言葉に、老婦人はうなずいて右手の人差し指をピンと立て、ウフフ、と笑った。

 老婦人の言葉を信じたというわけではなかったが、真佐子は気がつくとその鍋を買っていた。
 
 夫の隆は今の部署になってから、帰りが遅くなることが多くなった。
 息子と娘は2人とも大学生で、アルバイトだサークルだ飲み会だと、こちらも毎晩帰りが遅い。
 ここのところ、真佐子はひとりで夕食を食べることが増えた。
 
 どうせ今日も皆、外で何か食べてくるだろうし、もしも鍋の「魔法」が作動しなくても、自分1人分くらいなら何とかなる。

 鍋の中の水がグツグツ煮立つ音がし始めた頃、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。時計を見ると、7時。
 こんな時間に誰だろうと真佐子が慌てて立ち上がりかけると、息子の陽介が「ただいま」と、手にビニル袋を下げて入ってきた。
「あら、早いのね。どうしたの」
「航平とさ、飲むはずだったんだけど、今日は田舎から航平のおふくろさんが来てて。晩飯、オレの、ある?」
 テーブルの上の鍋を見て「お」という顔をする。
「あ、これ、おふくろさんが土産にくれた。何か、いいところの豆腐と昆布。それと柚子ポン」
 陽介はビニル袋を持ち上げてみせた。

 真佐子は、冷蔵庫の中の残り野菜を思い浮かべた。湯豆腐くらいは出来るだろうか。

 陽介が自室に着替えに行き、真佐子が冷蔵庫の中を確認していると、また、インターホンが鳴った。
「ただいま」
 娘の加奈がバタバタと台所に入って来た。こちらもビニル袋を下げている。
「バイトのシフト、急に変更になっちゃって。私のぶん、ご飯あるかな?」
 言いながら、加奈はコンロの上の鍋に目をとめた。
「わ、私ってば、すごいタイムリーかも」
 ビニル袋を食卓に置く。
「バイト先に寄ったらさ、パートさんがくれたの。白ネギと水菜。近所でたくさんもらったんだって」
 部屋から出てきた陽介が、妹を見て驚いた顔をする。
「あれ、お前どうしたんだ。早いな」
「お兄ちゃんに言われたくないよ」

 そこでまた、インターホンが鳴った。
 3人で顔を見合わせる。

 「ただいま」と、小ぶりの発泡スチロールの箱を抱えて入って台所に入ってきたのは、隆だった。
「お父さん、どうしたの。めちゃくちゃ早いじゃん」
「お土産があるんだ。だから今日は仕事は置いといて帰ってきた」
 加奈が、箱の蓋を開けて歓声を上げた。
「すっごーい。最高級薩摩黒豚肉。しゃぶしゃぶ用だって」
「取引先で以前ちょっとあってさ。何か、あのときはお世話になりましたって、お礼にもらったんだよ」

 加奈が、カセットコンロの上の鍋と、陽介の豆腐に昆布、柚子ポン、そして自分がもらった野菜、さらに薩摩黒豚肉を順に見比べながら、何か考え込んでいる。
「ね、何かさ、すごくない?」
 陽介と隆が、「ん?」という顔をする。
「だってさ、今日、私たちが早く帰ってくることも、何をもらって帰ってくるかってことも、お母さんにはわからなかったはずでしょ? なのにどうして、お鍋が出てたの?」

 確かに、と残りの2人もうなずきながら真佐子の方を見る。

 真佐子は右手人差し指をピンと立てた。
「それはね」
 ウフフ、と笑う。
「ちょっとした魔法なのよ」
                (了)

*****

 今年もあと僅かとなりました。
 皆様にとりまして、来年がより佳き年となりますように、心からお祈り致します。
 今年1年、本当にお世話になりました。
 
 来週はお正月休みをいただき、次回は1月10日に投稿します。
 皆様の記事は読ませていただくつもりですので、よろしくお願い致します。
 では、よいお年をお迎えくださいませ。

#創作 #魔法
#ありがとうございました