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実際の病気をシナリオに組み込むことの難しさ(3/6ツイート加筆修正)

※このnoteはTRPGと心理学を絡めて論じた記事ですが、あくまで個人的な趣味に基づく見解です。医学/心理学についての正しい見解は医師や専門家の意見を参照してください。

TRPG……というより、創作全般で「実際の病気」について扱うことの難しさについての呟き。

CoCなど「狂気」を扱うTRPGシステムにおいては、実際の病気、症状と関連性が出てきがちなのですが、このあたりも扱い方を誤ると非常にセンシティブ。
専門性が高い内容をうかつに扱うと、どうしてもミスを誘発し、当事者や専門家の方から指摘を受けがちです。

混同されがちな「多重人格」と「イマジナリーフレンド」

例えば、TRPG界隈でもよくシナリオで扱ってるの見るのは「解離性障害」。
特にその中の「解離性同一性障害(DID)」…つまり、いわゆる多重人格はピックアップされやすいですね。
私も何度か、これがテーマの作品に遭遇したことがあります。

そもそも解離性障害にも色々症状や段階があり、むしろ自己喪失感や知覚統合の薄れなどの症例が多く、解離性障害=多重人格ではないのですが、どうしても多重人格のインパクトと知名度に押されてしまい、誤解されがちです。

解離に関連する現象として「イマジナリーフレンド(イマジナリーコンパニオン)」も有名です。
これは解離(※解離性障害ではない!)の近縁現象として知られており、昔は「子どもが持つものであり、大人にイマジナリーフレンドがいるのは病気だ!」とされていることもありました。
しかし、近年は以前より肯定的に評価され、疾病とはある程度切り離して考えよう、とされている風潮があります。 むしろいくつかのイメージ療法では、内的自己の対話として異なる人格をイメージし対話を試みる、といった治療法が採用されている場合もあります。

一方で、「イマジナリーフレンドは病気で、最後は消える」のが正しいという価値観を持っている方はいまだに多く、私も何本もそういった物語に出会ってきました。
それ自体は悪いことではないのですが……創作者の中には「付き合いの長いオリキャラをイマジナリーフレンド的に持っている」ことが案外あるので、そういった方に話を聞くと、「世間的には"イマフレが消えることが正しい"と捉えられているのは分かっているけれど、何だか釈然としない……」という答えが返ってくることもままあります。

このように、解離性障害やイマジナリーフレンドは創作や過去の学説によって、実態とかけ離れたイメージを持たれているケースが多いです。
そして、そのイメージから創作が行われることにより、更に偏ったイメージが増幅されてしまう場合があります。

これは余談ですが、 「創作では区別するためにあえて『多重人格』って呼び方させてる」という人の話を聞いたときは目から鱗でした。

「症状」は「病名」ではない

また、多く混同されるのは「症状」と「病名」です。

よく言われる「うつ」ですが、「鬱症状」は必ずしも「うつ病」とは限りません
「双極性障害(躁うつ病)」のうつと「うつ病」のうつは、一見似た症状に見えますが、機序が恐らく別の物とされています。
また、素人目には「うつ」に見えるものでも、実は「解離性障害の離人症でした」ということもあります。

また、統合失調症と解離性障害はいずれも「妄想」とされる症状が現れやすいのですが、統合失調症の方が侵入的、解離性障害はどちらかというと空想的で、これもよく似ていますが全く別の症状です。
とはいえ、その境界は曖昧で、医師でも時々鑑別を間違えるのだとか。

今回このnoteを書くに当たって話題になった「てんかん」については精神疾患ではありません。
しかし、似たような症状に「解離性てんかん」「転換性障害」があり、これは精神疾患です。
「てんかんは精神疾患ではない」は正で、かつ「てんかん様症状は精神疾患でも起こる」も正です。
「てんかん発作を起こしている人は精神疾患じゃない」と言い切るのも実は誤りになります。
しかし見た目でわかりづらいケースも多く、それほど病気の鑑別は難しいのです。

医学は日々進歩していますから、数年前の常識が現在の非常識になっていることすらあります。
シナリオを作成するにあたって本を読んだとして、参考にした本自体が偏見に寄っていたり古い学説が元になっていたりすると、気づかないうちに「誤り」を広めていた……なんてことにもなり得ます。

「書くこと」がリアリティに繋がるとは限らない

このように、病名を書くことが必ずしも物語のリアリティを高める上でポジティブに働くとは限りません。

例えば、「ショックで多重人格になり、統合失調症に悩まされるようになった」といった表現があったとしたら、そもそも多重人格と統合失調症は別の病気なので、当事者や関係者から総ツッコミを食らうことになるでしょう。

ただ、症状は現象としては存在しますので、ショックを受けたときの様子を表現したいのであれば、あえて具体的な病名を出さず、症状からある程度汲み上げれば、当事者の共感を得やすいかもしれません。

例えば、「統合失調症だ!」と決めつけて書かず、「ショックを受けた以降、どこからか見られているような気配と不安感を抱き続けている」といった内面を描くと、統合失調症、というレッテル貼りをせず、不安と恐怖に苛まれるキャラクターを表現することが出来るでしょう。
「ショックからならPTSDかな?身体症状が出るなら解離性てんかんかも」と、詳しい側が補間してくれるかもしれません。

あえて「書きすぎず、表現に必要な場所だけを客観的に描く」のはリアリティを描写する上で良い武器になると思います。

信頼できる資料を参照する

それでも病名を具体的にあげたいのであれば、世間的に信頼性の高い情報ソースで症状を見てみましょう。

例えば疾病であれば、WHOが作成している国際疾病分類「ICD-11」が最も使われている分類になるでしょう。
https://icd.who.int/browse/2024-01/mms/en

また、アメリカの製薬会社が作成した、歴史ある医学辞典のオンライン版である「MSDマニュアル」もおすすめです。

「病気」を扱うことが必ずしも悪ではない

これらの病気を創作で扱うことそのものが悪いことだとは私は思いません。
創作で症状を扱えば、それを知らない人は症状について興味を抱き、相互理解につなげるための第一歩にもなるでしょう。

一方で、知識無く一方的なイメージのみでそれらを扱う場合、差別を助長したり、当事者を傷つけることにもなりかねません。
ゲーム中に突然触れれば、ストレスを感じることにもなるかもしれません。

繊細なテーマを扱う場合は、極力ゲームの参加者や、外から見たときの目を考えてから取り扱うべきだと思います。

終わりに、クトゥルフ2020より以下の文章を引用して締めさせていただきます。

デリケートなテーマを隠して、ゲームが始まってから披露するようなだまし討ちは絶対にしてはならない

坂本雅之/アーカム・メンバーズ 編 (2020)『新クトゥルフ神話TRPG「クトゥルフ2020」』 P24

↓元ツイートはこの辺


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