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拝啓「立ち上がれ、自分」

道を歩いていると、1人の少年に出会った。

その少年は自転車の前でしゃがんでいて、
近くにいるお父さんらしき人がなだめていた。

おそらく一度、こけてしまったのだろう。

その少年は、泣きながらも、がっちり自転車のハンドルを離していなかった。まだ乗りたいのだ、という気持ちがありありと態度にでていた。

僕はその姿を見て、素直に「がんばれ」と思った。

強くあれ、とか
もう一回行ってみよう!とか
そんな気持ちではなくて、

素直に「立ち上がれ〜、がんばれ〜。」という気持ちでいっぱいだった。

そんなに長い時間見ていたわけではないが、少年を眺めていると、自分の小さい頃に思いを馳せるようになった。

僕の小さい頃は、どうだっただろうか。
もう一度ハンドルを握る勇気を、もてただろうか。

そんなことを考えているうちに、少年を自分に重ねるようになった。

がんばれ〜、立ち上がれ〜。

そんな時って、生きていると結構遭遇する。

そう思っても立ち上がる勇気をもてない時って、
結構ある。

リフレッシュとか温泉だとか、
自分をゆるす価値がとてもある今現在にとって、

勇気をもって、一歩踏み出すことの価値は
そんなに求められていないのかもしれない。

でも、それでも僕は

立ち上がれ、自分。と

何度も、何度でも言いたい。

踏み出す一歩と同じくらい、立ち上がる足腰も大事なのだと言いたい。

何かを始めることと、
何かをつづけることは、
それぞれちがう難しさがある。

そのちがう難しさの中で、
何かを「やめる」選択肢をもつことは
とても大切だと思う。

でも、やめてはいけない時は人生において存在すると僕は思っている。

それは、自分が信じていること。
自分に対しての期待。
好きとか得意、楽しい、悔しいなどの自分の感情を汲み取ること。

これらは、どうしてもやめられないことになるのだと思う。

そんな時に、足腰は動くのだ。

もう一度立ち上がる自分でありたいと願い、もごもごしている自分へ。

大丈夫だ、その感情を大切にしていたら、
いつか立ち上がる時がくる。
その時、わかる。

歌手 DREAMS COME TRUEは「10000回だめで、へとへとになっても、10001回目は何か変わるかもしれない」と言った。

漫画 左利きのエレンでは『お前らに1番必要な力ってのは 「再起する足腰だ」』と言った。

僕もそう思う。

立ち止まること、休むことが大事なことだと、
それらを知った上で言いたい。

「立ち上がれ、自分」

いつかこの文章を読んだ、僕が一歩踏み出し直すことを願う。

もう一度ハンドルを握る、あの少年に愛を込めて!



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