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生物の小説

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動物や虫などの「生物」や、変な何かが重要な役割を果たしたりする話。
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記事一覧

【短編】 妹と緑色の生物

 そいつはリスに似ており、緑色で、何かに反応して光ったりする生物だ。  小学生の妹が手を差し出すと、そいつは首を傾げたり光ったりしたあと、キューンと鳴き声を出した。 「きっと、ひとりで寂しかったんだね」  妹はそう言いながら、緑色のそいつを手のひらに乗せて指で愛撫する。  しかし、そいつはたぶん地球外生物で、見つけた場合はすぐに衛生当局へ通報しなければ、重い罪に問われる。  数十年前から地球人が宇宙に進出したり、宇宙人と交流を始めたせいで、宇宙船に入り込んだ外来生物が地球にや

【短編】 冗談好きな担当職員

 友達が猫になってしまったので、私が彼女を飼うことになった。 「あなたは、この猫の飼い主登録の第一番に指定されています」  猫を引取るために人猫変換施設へ行くと、妙に眉毛の太い女性の担当職員が現れて、いろいろ質問をされた。 「引取り主には経済状況を聞いています。失業などで収入は減っていませんか?」 「はい、ずっと同じ仕事を続けていますし、収入の証明書類もあります」 「では、猫になる前の彼女との関係は良好でしたか?」 「はい、概ね良好だったと思います。たまに喧嘩もしましたが、も

【短編】 狸のランタン

 小学校に通い始めた頃、私は帰り道で狸に話し掛けられた記憶があります。 「おい子ども、わたしのランタンを知らないか?」 「ランタンてなに?」 「ほらその、火を灯して夜の闇を照らすものだ」 「しらない」 「はあそうか、でもランタンがないと大変困るのだ」  狸と出会った場所は、都会の住宅地でした。 「今夜、妹の結婚式があるのだが、私はランタンの明かりで妹を綺麗に照らしたいのだ」 「じゃあ、昼間にやれば?」  子どもの頃の私は、案外冷静に狸と会話をしていたように思います。 「狐の嫁

【短編】 一日だけの転校生

 夏休み明けの朝の教室に、見知らぬ女の子が入ってきた。 「佐久間サクラさんは、サンフランシスコから引越してきたばかりで、いろいろ分からないこともあるから、みんなで助けてあげましょうね」  先生がそう紹介すると、彼女はペコリと深くお辞儀をしたのだが、そのときランドセルがべろんと開いて、筆箱や、何かの白い生物が床に落ちた。 「ててて、何だよサクラ。オイラ、気持ちよく寝てたのに」  彼女は慌ててその生物を拾い上げると、これ喋るぬいぐみなんだよねはははと笑ってランドセルの中に押し込ん

【短編】 ミジンコと寿命とベビーシッター

 ミジンコで潜水艇を作ってはみたものの、どうやってそれに乗るかまでは考えていなかった。  操縦室に入るためには、自分の体を一万分の一ぐらいまで小さくしないといけない。 「あのう」  通信機のマイクを通して、ミジンコが私に話し掛けてきた。 「あたしたちは、三日に一回は卵を産んだり、子どもを育てたりするのに忙しくて、あなたに付き合っている暇はないのです」  そういう文句が出てくるのは当然だと思って、時給一五〇〇円のベビーシッターの女性を雇った。 「いやいや、ベビーシッターもあなた

【短編】 塩辛猫の思い出

 小さい頃、私は猫というのは人間の言葉を喋るものだと思っていた。 「やあキヨハル、去年より背が伸びたな。お土産はちゃんと買ってきたか?」  母方の実家で飼われている猫は、私にそう話し掛けてくる。 「キヨハルはいつもお土産を忘れないから、オレ好きさ」  お土産というのはイカの塩辛のことで、猫の大好物だった。 「猫はイカや塩辛いものはダメだから、いつもは食べさせてもらえないけど、キヨハルのお土産なら仕方なくオーケーになるんだよな」  母方の実家には、祖父と祖母が住んでいるだけ

【短編】 もう二度と行きたくない街

 この街は、犬を連れて歩いている人がやたらと多い。  だから、路上の糞を踏まないように注意して歩かないといけない。 「今日はもう三回も糞を踏んだけど、この街には愛犬家が多いのかな」  私は誰かに愚痴が言いたくて、休憩のために入ったカフェのマスターにそう話し掛けてみた。 「ああ、あれは犬じゃなくて、護身用に従えている魔物のようなものです」 「でも私には、普通の犬のように見えましたが」 「本来の魔物の姿では恐ろしすぎるので、市の条例で、普段は犬などの小動物の姿に変身して出歩くこと

【短編】 絶望六人組

 何かが変わるかもしれないと思って、頭に麺を乗せてみることにした。  茹でた麺をよく湯切りし、十分ほど冷まして頭に乗せると、麺がほんのり温かかった。 「そんな馬鹿なことをするより、僕にごはんを下さい」  猫のピーターは、一カ月ぐらい前から言葉を喋るようになり、日に何度もごはんをくれと言ってくる。 「もぐもぐ……。一つ意見を言っておくと、もぐ……、部屋の中だけでそれやっても、きっと何も変らないよね」  私は、ピーターの意見ももっともだなと思って、彼の頭を撫でてやったあと、頭

【短編】 よく分からない存在の猫

 私が旅を始めたのは、とりあえず戦争から逃げる必要があったからだ。  砲弾が頭の上を飛び交う中、貴重品や食べ物や読みかけの本などを、私はリュックサックに押し込んだ。 「避難用のバスは、数時間おきに来ますし、避難を希望する人を全て運ぶことが出来ます」  避難用のバスの中は人や荷物でいっぱいで、人々の顔はみんな暗く、赤ん坊の泣き声が聞こえても誰も文句は言わなかった。  バスに乗って十時間もすると国境を越え、さらに一時間走ると避難所に到着した。 「皆さんお疲れ様でした。この避難所に

【短編】 犬の木

「ありがとよ、旦那」と犬は言った。  冬の路上で子供たちにいじめられているところを私が助けてやったので、犬はそのお礼を言ったのである。 「旦那は最初、憐れなオイラのこと見捨てようとしただろ? でもオイラ見逃さなかったね、旦那の目に涙が光っていたのを」  よしてくれよと言って私がその場を立ち去ろうとすると、犬はズボンのスソを噛んで引っ張った。 「待ってくれよ旦那! お礼に酒でもさ!」  犬はズボンを離そうとしなかったので、私は仕方なく、犬に連れられ近くの焼鳥屋へ入った。 「も

【短編】 さばくの鯨

 死んだラクダを500円で買った。店の主人は僕に、死んだラクダには水も餌も必要ない、だから砂漠のお供には最高の動物だと言った。 「じゃあなぜこんなに安いのか? ずいぶん役に立つ動物なのに」 「そりゃあ旦那、今生きてるラクダの数に比べたら、すでに死んだラクダの方が圧倒的に多いからですよ」  なるほど。つまりラクダの価値とは役に立つかどうかではなく、生きているか死んでいるか、あるいは数が多いか少ないかで決まるということか。 「ええ。旦那の選んだ奴はもう千年以上も昔に死んだ、ありふ

【短編】 猫川俊太郎の死

「福島出身」と告げるだけで、その場を嫌な気持ちにする。そんなとき、私の真ん中に空いた大きな穴は虹を食べている。 「だけど福島だけが汚染されてる訳じゃないでしょ。東京だって毎日被曝してるのよ」  などと会社の同僚は言ってくれるのだけれど、私は福島を誇りに思っているわけでもないし、勝手に同情されるのも迷惑な話だ。 「ねえ、あんた達まだ放射能とか気にしてんの?」ともう一人の同僚が、うっすらと赤い鼻水を垂らしながら話に割り込んでくる。「だけど自分の不安を放射能のせいに出来る人って、逆

【短編】 サイコパス

平面リスの森に普通のリスはいない。 「夏の木はとっくに死んだよ」と平面リスは言うと、黒焦げの木の実を私の頭に落とした。「なにしろあんたのことを100年も待っている間に、この世を終わらせるような戦争が2度もあったからね。夏の木が残したものはそれだけさ」  私は地面に落ちた黒い木の実を拾いながら、君とは何も約束などしていないと、木の枝に貼りついた平面リスに言った。夏の木の下で約束をした相手は、きっともうこの世にはいないだろう。 「ここは土も水も汚れているから、あまり長くいてはい

【短編】 エア

 たぶん春です。  うみうしのあとをこっそりついていったら私、磯のにおいがして、波のおとがきこえてきました。すると磯のほうから牛がやってきて、うみうしと牛で何かを話しているようでした。 「ほしいものを手に入れたから僕、もう海へ帰るよ」とうみうしはいいました。「ずいぶん多くの人を傷つけてしまったけどね」  そしてうみうしが空を見てごらんというので、私ゆっくり空を見上げると、白い鳥がおとも立てずにおおきな、空いっぱいにおおきな円をかきました。 「なんだか、取り返しのつかないこと