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【短編】 リッキティッキタビー

『リッキティッキタビー』と看板に書かれているだけの古びた飲食店だ。
 店内には誰も居らず、どうしようかと考えたが、私はとりあえず窓際のテーブル席に座ってみた。
 メニュー表を開くと、カレーライスやナポリタンなどのメニューが書かれており、一番下に『あたしはここにいます――五百円』という変なメニューが。
「いらっしゃいませ」
 突然声が聞こえてびっくりしたが、そこには白髪の若い女性店員が立っていた。
「この店は滅多にお客様が来ないから、お待たせしてすみません」
 私は気を取り直したあと、『あたしはここにいます』とは何ですかと質問した。
「それは、実際に注文していただかないと内容をお教えできないことになっていますし、わたしも内容は知らないのです」
 私は少し面食らいながら、何となく無難な感じがするカレーライスを注文した。
「インド人のシェフは五年前から行方不明なので、わたしが作る普通の日本式カレーですが……」
 そんなの別に構いませんが、看板のリッキティッキタビーの意味は何ですか。
「ずっと前からある店名で、わたしも意味がよく分からないまま先代から店を引き継ぎまして……」
 いや、何だか昔、リッキティッキタビーという言葉を聞いたことがあって、どんな意味だったかなと思ってこの店に入っただけです。
「あ、そういう変なことを聞いてくるお客様には『あたしはここにいます――五百円』を勧めろと、先代のお爺ちゃんが……」
 じゃあ、まあ、カレーライスじゃなくて『あたしはここにいます』をお願いします。
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
 そう言うと、女性店員は店の奥に姿をを消し、十分後に埃まみれの手帳を手にしながら戻ってきた。
「えーと、……リッキティッキタビーは、一九五六年代に発表されたSF小説の中に登場する少女のあだ名で……」
 私は小説なんて全然読まないのに、なぜ気になったのかな?
「……二〇二二年に、リッキティッキタビーのことを聞いてくる男性がこの店に現れます。そしてカレーライスを注文し、店員のあなたと一緒に日本式のカレーを食べます……」
 私と女性店員は、顔を見合わせた。
「……未来のことは詳しく書けませんが、この手帳を読んだあと、男性とあなたが一緒にカレーライスを食べないと、あたしはこの世界に生まれてこないことになってしまうのです。あたしの名前はリッキィで、あなたたちの時代から百年後の時代に生きていた少女です」

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