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退職をして。

3月31日、退職しました。
5年間、新卒から勤めた。右も左も分からないところから、文字通り「育ててもらった」と思っている。電話の出方や、お茶の運び方、〆切だったり、会議だったり。基本的なことを学び続けた5年間だった。

31日は疲れたけど、いい日だったな〜と思ったのでここに記録する。多分みんなに「言わなかった言葉」がある。そんな優しさに助けてもらった1日だった。

朝、いつもより1時間早く起きた。自然と目が覚めた。やっぱりどこか緊張している。朝風呂に入った。熱いお湯で目を覚まして、普段職場にはメイクをしていかないけど、気合いだ!と思ってまつ毛を上げたり、赤いリップを塗ったりした。
挨拶で配るお菓子を持って、机の荷物を持って帰ってくるための袋を持って、白いシャツを着た。お昼はそんなに食べれないだろうから、コンビニでおにぎりを1つ買った。

晴れていた。駐車場から職場まで向かう道、晴れているなーと思って何度も空を見上げた。
いつも通り机に座る。お菓子は一旦ロッカーに入れる。ロッカーは先週綺麗にしたから、お菓子がすっぽり入った。
朝礼をして、いつも通り仕事が始まる。上司から「これだけどうしても確認してほしい」と言われて、突然仕事が舞い込んできた。今日こういう仕事をすると思っていなかったから少し驚いた。まぁ、時間はあるからやるしかないと思って引き受けた。ちょっと心がざわついた。
午前中は頼まれた仕事を淡々とこなした。年度末なので色んな人が事務所に挨拶に来る。特にお世話になった人が来て、5分ほど立ち話をした。
辞令交付のために呼ばれて、一番偉い人から退職辞令を受け取った。次の職場は上司たちには言ってないはずだったけど、一番偉い人が知っていた。この人が知っているということは、みんな知っているということだなと思った。まぁ、いつかは知られることだし仕方ないか、と思った。次のところでも頑張ってくださいねと言われて、はいと答えた。今日、日本中で何人がこの会話を交わしているんだろう、とか考えていた。そのまま退職慰労金を受け取った。
お昼は、案の定あまりお腹が空かなくて、おにぎりを一つ食べた。近くの席の方から漬物のお裾分けをもらった。カブの漬物は美味しかった。
午後は、頼まれた仕事も終わったので机の片付けをした。先週のうちにだいぶ書類を捨てたけど、まだ少し残っていたものをシュレッターにかけた。名刺も大量にあったけど全部捨てた。また新しく出会わせてください…と思いながら。
同じように節目を迎えた友人と話したけど、書類を捨てる作業は最高だった。捨てるたびに体が軽くなるようだった。真顔で捨てていたけど、本当は踊れるくらい嬉しかった。
空になった机を、綺麗に拭いた。引き出しを取り出して、隅々まで拭いた。

夕方、お菓子を持って事務所を歩いた。私の職場は法人内の3課がいるため、一つずつ回った。お世話になりました、と言いまくった。みんな優しかった。
お疲れ様、ありがとうねと言ってくれた。
次でも頑張ってね、無理しないでね、あなたならどこでも大丈夫よ、大事な人材を失ったわ、寂しいね、また会おうね、見かけたら声かけるからね…
たくさんの「さよなら」の言葉を受け取った。抱えきれないくらいだった。

17時過ぎ、名前を呼ばれて、事務所の真ん中で花束をもらった。一番お世話になった先輩から、大きな花束だった。
人生の節目は一人で勝手に感じればいいことなので、最後の挨拶は淡々と。感謝は伝えながら、ここは淡々と、と思っていた。
「5年間、本当にお世話になりました」と言ったところから、涙が出てしまった。もう何を話したかあまり覚えていないけど、最後まで泣いてしまった。

去年の春、退職していく先輩を見て「今、人生の節目なんだろうな〜」と思っていた。自分は何も変化がない時に、人生の節目を迎えている人を見るのは、なかなか辛いものがあった。勝手に辛くなっていた。私はこれでいいのだろうか、と勝手に悩んだりしていた。そして友人とやっているポッドキャストでは「人生の節目に付き合わされた」など言った。

そんなことを言っていたのに、いざ自分の番になったら涙が止まらない。これまでの5年間を考えた。仕事が嫌で仕方なくなった数ヶ月前のことなんて全く思い出さない。職場の人はみんないい人で、いい職場で、いい仕事だなと思った。でも私は辞めることを決めて、次の職場も決めた。自分で決めた人生の節目に、私は何か自分以上のパワーを感じ、何か大きな力の関与を感じた。私の人生が、私以外の何かで動いている気がした。人生のハンドルを手放していると思った。

節目に付き合わされたと思っていた時、当の本人たちはもしかしたらそんなことを考えていたのかもしれない。節目という波は突然来て、突然引いていく。波を起こしているのは自分のはずなのに、波に流されている感覚しかない。泳いでいるとは思えない。なるべくして、こうなった。だから、波に身を任せる。

全て、仕方ないんだと思う。
どんな出来事も、仕方ない。
悲しんでも、悔やんでも、泣いても、仕方ない。
だから楽しもう!とは言わない。だから、悲しめばいいし、泣けばいい。
泣くしかなかった、仕方なかったと思う。

みんなそれを薄々わかっている。だから、言わない言葉がある。
なんで辞めるの?、何が嫌だったの?、これからどうするの?、全部置いていくの?、ここにはもう価値がないと思ったの?
いくらでも思いつく。節目に付き合わされていたと思っていた時のわたしの中では、こんな言葉が渦巻いていた。
でもみんなもう大人で、言っても仕方なくて、その人の人生だから口出す権利なんかなくて、たまたまその波が来ただけだとわかっている。

この日、私はみんなの言わない言葉に救われた。

みんなで外で写真を撮った。夕方の、いろんな色が混ざった綺麗な空だった。
大きな花束と、プレゼントを抱えて、最後の挨拶をして退社した。
これで失礼します、本当にお世話になりました。

夜は、大事な友人たちの家でご飯を食べた。疲れたけど、いい日だったと話をした。その場でもサプライズで花束をもらって、ニコニコした。
ご飯を食べて、あれやこれや話して、YouTubeで懐かしい曲を聴いて、歌って。安心する友人がいてよかった。私を心配して、愛してくれる友人に救われた。こんな日は一人でいるとザワザワするから、穏やかでいられる人たちといるべきだ。
気がついたら夜中になっていて、国道を歩いて帰った。
深夜に花束を持って国道を歩いたのは、一生の思い出になった。

私は一人で暮らしているけど、一人で生きているわけではないと思える日だった。
どんなことがこれまでにあっても、最後はありがとうが出てくる場所で働けたって、幸せなことだ。


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